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<<   作成日時 : 2018/07/17 10:10   >>

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東京編のエピローグです。
東京駅で夜行バスに乗り込み、ようやく地元に帰ってきたのが翌朝の8時。
疲労困憊していた妻は、家に着いた途端に、布団に潜り込んで寝てしまい、この後、12時間に渡って目を覚ましませんでした。
私も眠かったのですが、「鉄は熱いうちに打て」と言いますから、興奮が冷めないうちに「岡倉天心」について調べなくてはなりません。
今回の旅行では、何かの「見えない力」が自分を導こうとしているのは薄々感じていました。私は「オカルト否定派」の常識人ですから(笑)、普段はそんな曖昧なことは言わないのですが、今回はかなり執拗なほどに「岡倉天心のことを調べやがれっ!」という天の声が聞こえたように思えたのです。

一回目が横浜の「ジャックの塔」での岡倉天心の生い立ちを記したパネルを読んだこと。しかも、その場でわざわざ、妻とそれについて冗談を言い合い、「印象に残っていた」のです。
二回目が、東京国立博物館の特別展。これは岡倉天心が発行した美術雑誌の「創刊130周年記念」の展示会だったのですが、私はこれを全く見る気が無かったにもかかわらず、知らないオッサンから「チケットをもらう」という予定外の出来事が発生して鑑賞することになったのです。
三回目が、ワタリウム美術館の初代館長が「岡倉天心研究会」の主要メンバーだったこと。

たった2日間でこれだけ偶然が続けば「何かある」と考えたほうが自然でしょう。
実は、偶然はこれだけではありませんでした。横浜の「ジャックの塔」は、岡倉天心の父親が生糸輸出の商売をしていた「石川屋」というお店の跡地に建てられたものです。岡倉天心は、この石川屋で生まれ育ったので、ジャックの塔の前には「岡倉天心生誕の地」という石碑が建っているそうなのです。もちろん、その時の私たちは気がつきませんでしたが。
また、このジャックの塔の講堂では、私たちが訪れるわずか3日前に、岡倉天心が書いた『茶の本』という著書についての講演会が開かれていたそうなのです。妻が楽団員にちょっかい出した「あの講堂」ですね(笑)。
つまり、私たちは旅行二日目の「一切の予定を立てていない空白の日」の朝一番に「岡倉天心生誕の地」から回り始めた事になるのです。
こうやって時系列で見ていくと、天が私に何を伝えたがっているのか本当に興味が湧いてきますね。

岡倉天心は、幕末の1862年に横浜で生まれました。父親が貿易商だったこともあり、英語に接する機会が多く、幼少時から国際的に活躍する才能が磨かれていったようです。
子供の頃から優秀だったようで、東京開成学校(現在の東京大学)に進学し、外国人教師のアーネスト・フェノロサに師事することになります。フェノロサは日本美術の研究家なのですが、日本語があまりうまくなかったため、天心が彼の専属の通訳として行動を共にすることになったのです。フェノロサ先生との日々が、後の「美術への興味」につながって行ったんですね。
卒業後は文部省に入省し、東京美術学校(現在の東京藝術大学)の設立に関与していくことになります。
そして、何と27歳の若さで東京美術学校の「2代目学長」に就任したと言うのですから、もう桁外れのエリートですね。

要するに、私とは真逆の人生というわけです。
私はこれまでの人生で「地べたを這いずるような生活」しかしていませんので、「金なし」「肩書きなし」「子供なし」の三重苦です(笑)。

それに、美術好きの妻と違って、私の専門は「宗教、精神世界、占星術」ですから、美術の世界で名を成した岡倉天心とは何も接点がないようにも感じますね。

ところが、岡倉天心は、人生の中盤からちょっと方向性が変わっていきます。
36歳の時に、大学の内紛に巻き込まれて自主退職。
大学を追われた天心は、26人の同志とともに、新たに「日本美術院」という学校を創設します。日本美術院には、横山大観や下村観山のような有名な日本画家もいたそうですから、歴史的にはこの辺が天心の「功績」として語られることが多いようですね。

しかし、あまり歴史的には知られていませんが、この頃、天心はインドに渡り「スワミ・ヴィヴェカーナンダ」と会見しています。おおっ!精神世界のビッグネームですね(笑)。ヨーガとヴェーダーンタ哲学の霊的指導者で、インド哲学に興味を持つ人であれば「知らない人はいない」というぐらいの有名人です。天心は彼に「東洋宗教会議」の開催を促すために接触したのですが、これは話がまとまらず、結局は実現しませんでした。
しかし、この時の縁で、ヴィヴェカーナンダに「タゴール」という世界的な詩人を紹介してもらい、これ以降、天心とタゴールは家族ぐるみの付き合いをすることになります。
タゴールは「ノーベル文学賞詩人」として知られていますが、タゴールの本質は「思想家」です。
これらの一連の行動から、天心が「東洋的な宗教思想」にかなり造詣が深かったことがうかがえます。ようやく、ここで私と接点が出てきましたね(笑)。

amazonの「青空文庫」に、天心が書いた『茶の本』があったので、さっそくダウンロードしてみました。
この本は、西洋社会に日本の「茶道」を伝えるために、もともとは英語で書かれた本です。原題を『The Book of Tea』と言い、アメリカのニューヨークで発行されました。
現在、私たちが読んでいるのは、それをわざわざ別な人が「日本語に翻訳しなおしたもの」なのですね。

読み進めて行くと、なんと『茶の本』の第三章には「道教と禅」という題がついていたのです。キタキター、探していたのはこれですよっ!(笑)

もともと「お茶」と「禅」は歴史的なつながりがあるのです。
なぜなら、現在の日本のお茶文化は、臨済宗の開祖「栄西」が中国から持ち帰ったものが元になっていると言われているからなんです。臨済宗と言ってもピンとこないと思いますが、あの「とんち」で有名な一休さんも臨済宗のお坊さんですね。
要するに、日本式の「禅」の開祖が栄西なんですが、天心によると、この「禅」も、中国思想の「道教」に深く影響を受けているものなのだ・・・と言うのです。
道教とは、別名「老荘思想」なんて呼ばれることもありますが、単純に言えば「あるがままに生きる」ことを目指す教えです。これを道教では「無為自然」と言いますし、英語であれば「レット・イット・ビー」でしょうか。
天心は、日本の茶道はこの「あるがまま」の思想を体現するものだと主張しているんですね。

私は老荘思想のことは昔から知っていますが、「禅と道教はルーツが同じ」という説は、今回初めて知りました。
なるほど、どうやら運命は私に「道教(タオ)について学べ」と言っているのだな、と何となく見えてきましたよ。実はこの「タオ」の思想については、かなり前から興味を持っていたのですが、占星術の勉強を優先して、「手付かず」の状態だった経緯があります。どうも「最優先で学べ」という運命からの「お達し」が来たようなので、いよいよ学ばなくてはいけませんね(笑)。

この続きは、また今度。

画像


茶の本
2012-09-27
岡倉 天心

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