霊性と情熱のあいだぐらい

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<<   作成日時 : 2015/11/25 11:31   >>

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おととい、大阪で知人女性の結婚式に出席いたしました。
彼女は妻の親友で、私にとっては「新婦以外誰も知り合いがいない」状態でしたが、出席者のみなさん、気さくな方ばかりで、2次会も大変楽しく過ごさせていただきました。
この日の2年以上前に彼女から結婚についての相談を受けていて、占星術による相性診断の結果「彼が運命の人に間違いない」と太鼓判を押していました。
彼女が弱気になるたびに、「彼とだったら絶対大丈夫」と無責任にも励まし続けていたんです(笑)。
しかし、これだけ猛烈にプッシュしながら、実は新郎に会うのは今回が初めてという奇妙な状態(笑)。

挙式の前日の晩、新郎新婦が私たち夫婦のホテルの部屋に挨拶に来てくださいました。
新郎と会うのも話すのも初めてでしたが、完璧に「想像通り」の好青年で、表情の筋肉が「笑顔で固定」されており、全身から放たれる「いい人オーラ」が眩しいほどでした。
式の話は、また別の機会に詳しく書きますね。

2次会は10名あまりの少人数でしたが、プロのアーティスト2人、占い師1人(私)、仏像マニアなど、ちょっと浮世離れした人たちを含んだ非常に「濃い」メンバーでした。サプライズで、別のカップルの指輪交換もありましたし。
私も余興で対面鑑定をすることになり、事前にタブレットPCを準備していました。でも、本当はちょっと不安だったんです。私は鑑定に非常に時間をかけるタイプなので、短時間にどれだけの情報を引き出せるか・・・。
妻には「余興なんだから気楽にやれば」と言われていたんですが、プロを名乗る以上、気楽にはやれない。
おまけに、アーティスト2名が非常に技術の高い人たちなので、気後れして、名刺を出しそびれるという失態(苦笑)。

幸い、事前に参加者には「プロの占い師が来る」という情報が回っていたらしく、相談者2人とも、ご自分の「出生時刻」を調べてくれていました。
よっしぁ!正確な出生時刻さえあれば、大抵の質問には答えられる。
詳しい内容については書けませんが、お二人とも質問事項を絞ってくれたので、意外とスラスラと答えることができました。でも、その後、ホテルに帰ってから、「何か間違ったことを答えていないか」確認するため、夜中の2時まで、ホロスコープの再検証(笑)。うん、大丈夫、間違ってはいない。

結婚って、いつも不思議な気持ちになります。
特に今回の新郎新婦も遠距離恋愛で、「極めて奇跡的な偶然」で知り合っています。
私たち夫婦もそうなんですが、確率的には絶対に出会うはずのない二人が、「偶然にも」知り合い、その相手が、生涯で最も大切な人になる・・・。
ほとんどの人は、これを「ただの偶然」だと考えています。別な人と出会っていれば、別の人生があったのだと。
でも、ホロスコープのマッチングを行えば、そこには深い縁があったことを「数学的に」表示することができます。
また、出会いの日を調べると、多くのカップルにとって、その日が「特別な天体配置の日」だったことも容易に確認することができます。
夫婦関係においては、片方のホロスコープだけからでも、夫(または妻)が、どのような人かを読むことができますし、特に妻のホロスコープからは、夫の「死の日付」まで予測することが可能です。
それだけ二人は、最初から「運命を共有」しているのであって、ただの偶然で結婚に至っているわけではありません。

夫婦の絆の強さを知るエピソードとして、私が一番感動するのが、ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』のなかに出てくる一場面です。
フランクルはユダヤ人だったため、第2次世界大戦中、あの悪名高き「アウシュヴィッツ強制収容所」で強制労働をさせられていました。
飢えと病で、仲間たちが次々と亡くなっていくなか、フランクルの心を支えていたのは「もう一度妻に会いたい」という強い思いでした。
過酷な日々のなか、彼は想像の中で妻と会話し、「必ず生きて彼女の元に帰る」ことを誓っていました。
実際は、その時、すでに妻は別の収容所で処刑されており、亡くなっていましたが、それを知らないフランクルは、妻への想いを胸に連合軍が収容所を解放するまで、地獄の3年間を生き抜きました。
自由も、身分も、人間としての尊厳も、名前すらも奪われ(収容所では番号で呼ばれる)、それでも最後に残るのは「愛」なのだと思います。
全てを失っても、愛さえあれば、人は生きていける・・・・。

フランクルほどではありませんが、私にも、ちょっとした体験があります。
東日本大震災の津波で水没した石巻市で、妻を救出しようと泥水の中に足を踏み入れた瞬間、周囲の人から「やめろ、死ぬぞ!」と言われました。大人に真顔で「死ぬぞ」と言われる体験など、なかなかありません(笑)。
それでも、助けに行こう、と思いました。
あの感覚は今思い出しても不思議です。
妻を失えば、自分も生きる意味を失ってしまうような・・・・言葉では言い表しづらいのですが、自分の命と引き換えにしても、やらねばならない使命感のような・・・。

結局、最後に残るのは、地位でも、お金でもなく、愛なのだなぁ、と。たぶん、愛する人と共に過ごす時間以上に、価値のあるものなど、この世にはないんだろうな、と思います。

ちょっと脱線してしまいましたが、Yさん、Hさん、ご結婚おめでとうございます。二人の間には確かに「愛」があります。この点、占星術師スイレンが保証いたします(笑)。

なお、ココナラの鑑定は本日より、再開いたしますので、よろしくお願いいたします。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
なんだかいいお話で気持ちがほっこりしました。
新郎さんも新婦さんもとてもいい人というのが伝わってきます。
どうかお幸せに。

スイレンさんも奥様もお疲れ様でした。

極めて奇跡的な偶然、本当にそうですよね。
昔なんかは遠距離はそれこそ今回を逃せば次はないくらいでしょうし、
現代は携帯やネットがあって身近な人だけじゃなくても
簡単に出会えるように思えますが、実際に住んでいる場所を考えたら
普通は出会えるはずもないでしょうし、本当に奇跡的なんだと思います。
ありあ
2015/11/25 17:02
こんばんは、ありあさん。
全世界で、適齢期の異性は数十億人。その中から、特定の人物と出会える確率は、数学的には、「ほぼ0」ということになります。
その0パーセントの奇跡が、人生の中核を担うのですから、本当は怖い話かもしれません(笑)。
ただ、我々占星術師は、それが「決して偶然ではない」ことを客観的に確認することができます。
どんなに確率が低くても、起こるべきことは起きるし、出会う人との出会いは確実に起こる、と私は考えています。
スイレン
2015/11/25 23:41
>どんなに確率が低くても、起こるべきことは起きるし、出会う人との出会いは確実に起こる、と私は考えています。

これはそうですね。私の言ってることが矛盾してるかも知れませんが(笑)
確率はあくまですべての可能性(選択肢)を含めたうちの確率であって、
その人がその人として生まれてきた以上、いくら星の数ほど選択肢があったとしてもだいたい通るルートは決まってるんですよね(笑)
悲しいことに、人が同じ失敗を繰り返すというのもその辺がポイントな訳ですし。
ありあ
2015/11/26 22:41

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