霊性と情熱のあいだぐらい

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zoom RSS 我欲と使命

<<   作成日時 : 2011/09/02 10:53   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 9 / トラックバック 0 / コメント 2

転職を余儀なくされている。
震災以降、仕事はガタガタで、今後の見通しが立たない。
こうなってみて初めて「自分は何がしたいのか?」「自分の使命とは何なのか?」を真剣に考えるようになった。確かに震災には自己を顧みる「学び」の効果はあるようだ。
妻は「占星術師になれば儲かるよ」と勧めてくるが、長年趣味でやってきたものを職業にするのは気が進まない。技術的にはできるかもしれないが、純粋に研究してきたものを商売にすると「汚れてしまう」ような気さえしてくる。
また、今回の震災を予知できなかった占星術に対する不信感も消えてはいない。

なるべくスピリチュアルと関係のない分野で仕事がしたいのだが、長年、宗教や精神世界を学んできた悪弊で、「お金を儲けること」「競争社会で生きること」に妙な罪悪感を持ってしまうのだ。
許されるなら、無料で他人の相談に乗るような仕事がしたいのだが、もちろん、それでは生活が成り立たない。
今までだって、出世のチャンスや、事業を拡大する機会は何度もあったが、忙しくなることによって、勉強したり、瞑想したりする時間が削られてしまうのを恐れて、常に「現状維持」を心がけてきた。ウダツの上がらない男で、妻には本当に申し訳ないと思っている。

しかし、本当は物質的なことを望むことは恥ではないのだ。
「金持ちになりたい」と願ったとして、それがエゴによるものなのか、それとも、生来の使命を果たすためにどうしても必要なプロセスなのかは一概には判断できない。判断できないなら、むやみに否定するのではなく、「神がその欲求を自分に与えた」のだと信じたほうがいい。
それに、自分の強い願いが「現象化」する経験を何度も積むことによって、人は物質的なものをあまり望まなくなるという。つまり、「欲しいものが望みさえすればいつでも手に入る」というリアルな経験をすることによって、あまりガツガツとした生き方はしなくなるというのだ。
そして「自分はお金ではなく、もっと別のものが欲しかったのだ」と気づく。
だが、「大事なものはお金ではない」と気づくためには、まずお金を手に入れてみなければならないという矛盾があるのだ。

実際、仏教界で聖者と呼ばれる人にはお金持ちが多い。
お釈迦様は小国の王子様だったし、真言宗の開祖、空海は讃岐(香川県)の豪族の息子。浄土宗の開祖、法然も豪族出身。禅宗をはじめた達磨大師も貴族の息子だった。

だから、恐らく、祈りや瞑想の中で物質的なものを望むのは正しいことなのだろう。物質を手に入れて、初めてそれ以上のものを求める気持ちが湧く。「清貧の思想」はスピリチュアルの世界では美徳ではない。
今日から、恥じることなく神に祈ろう。「お金をください」「仕事をください」
そしてそれは、懇願するのではなく、神の子として、それを受け取る当然の権利があるのだと信じて祈ろう。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。
神を否定しながら、お金をくださいと神に祈る。
それはあなたの中で矛盾しないのですか?
のらねこ
2012/02/24 14:44
のらねこさんへ  この方は神を否定していませんよ。きっと。人それぞれが空想する神を否定しているのでしょう。善い、悪いと同様、神の概念ほど理解しがたいものはないと思います。ただ、そのような存在がいることは間違いない。人間が考える神は存在しない。
galegakale
2013/02/04 19:01

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