霊性と情熱のあいだぐらい

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zoom RSS 運命の理不尽さ

<<   作成日時 : 2007/02/09 20:57   >>

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ワシは占星学なんぞ研究したことがあるので、「運命はある」と漠然と思っている。個人のホロスコープにおいて進行の天体がある特殊な角度を取った時には、内面の変化や事件が置きやすいことは実体験として確信している。例えば、好きな人と初めて出会った日、事故を起こした日、病気にになった日・・・などなど、後でその日を調べてみると、その人のホロスコープ内の星が特別な角度を持っていた日になっている場合がとても多い。少なくとも数学的な確率の法則を越えるものであることは断言できる。

でも、ここでハタと考える。
運命とはなんなんだ?こちらに意思とは無関係に勝手にワシらの人生を突き動かす運命とは何だ?
運命は唯一無二のもの。だれもあなたの運命を肩代わりすることはできない。
同じ戦場にいて、同じような銃弾の下をかいくぐっても、ある人は無傷で、ある人は弾に当たって命を落とす。
それほどまでに残酷に、人を生と死に分ける運命の正体を知りたい。
善人だから生き延びて、悪人だから早死にするってものでもない。
正義や道徳を軽々しく口にする人は、この運命の理不尽さをどう説明するのか?

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売春婦は悪人か?しかし、それをしなければ生きていけなかった彼女の運命についてはどう考える?
泥棒は最低の人間か?しかし、そうしなければ我が子を餓死させかねなかった彼の悲しみはどう考える?
戦争は絶対悪か?しかし、侵略者に立ち向かわなければ、民族が根絶やしにされかねない場合はどうか?防衛や自衛も悪か?

善人なんてものは、ただ単に「悪いことをしなくても生きていけるだけの恵まれた運命だった」ということに過ぎない。

自分は善人だと思っている人や、運命などないと考えている人は、人生のほんの表面しか知らない。
過酷な運命を甘受して、その運命を土壌として自分を伸ばそうとする時、人は運命を越えて偉大になる。それは貧乏人でも、大統領でも変わらない原則なんです。

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