霊性と情熱のあいだぐらい

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zoom RSS オールド・ワイズマン

<<   作成日時 : 2006/11/05 13:28   >>

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久しぶりに午後は休みになりました。
時間があるときぐらいは長文書きましょうかね。
私のように仏教や真理系のブログを書いていると、私のことを「どっしりと落ち着いて毛ほども不安のないような人」と勘違いされる場合がある。
それで実際に「ガッカリしました」「そんな人だとは思いませんでした」と後から抗議されることも一杯ありましたね(笑)。
ま、本当の私は、内向型で心配性。いつも慌てていたりクヨクヨしたり、軽いウツのような感じが通常の状態。
でも、最近はそんな自分を「ハハハ、こいつめ、また慌ててやがる♪」と笑い飛ばせるぐらいにはなってます。人間の気質は肌の色と同じで生涯不変。別人になろうとしても無理な話。

だからお釈迦様は「いつも自分に気をつけていなさい」と言ったのです。
詳しく言うと「もう一人の自分の目で、いつも生身の自分を観察しなさい」ってこと。
「もう一人の自分」とは「仏の心を持つ自分(仏性)」
この「もう一人の自分」は生まれた時から死ぬ時まで万人の中に存在します。賢い人だけが持つものではなく、金持ちがたくさん持つわけでもありません。修行して獲得するものでもなく、万人が最初から平等に持っています。

たぶん、この仏性とはユングの言う「オールドワイズマン」とか「グレートマザー」の相当するものだと思います。

画像

生身の人間がいかに未熟であろうとも、その心の奥底には「老賢人」や「大母」が存在し、危機が迫ったときに必ず助けてくれる・・・・。
だからこそ「もう一人の自分」の視点で自分を眺める。
自分のダメな部分を正視するのは切ない。でも正視しなくてはいけない。
すると「なるべくイイコトをし、悪いことをしないようにしよう」と自然に思うようになります。
これを繰り返すと少しずつ「老賢人」と自分の距離が短くなっていきます。
別に自分を変えるために滝に打たれたり座禅したりセミナーに参加する必要はありません。
ただ「自分を眺める」という自己注視法さえできれば、それが日々の修行になるんです。

未熟な私も、最近では「自分にも誰かを喜ばせることができる」ことが分かるようになりました。
誰かを助けようとすると、まるでオールドワイズマンが私の口を使って話しているかのようにスラスラと的確なアドバイスができるんです。
彼女に「ありがとう」と言われるたびに私は自分の心の内に存在する「もう一人の自分」を強く感じます。私のほうこそありがとう。

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