人生の午後
ブログに書きたいネタは山ほどあるんですが、なかなかその時間が確保できないのが悩みの種ですね(笑)。
例えば、8月から2年ぶりに石巻でリボーアートフェスティバルが開催される話とか、NHKの朝ドラ「おかえりモネ」はウチのすぐ近所で撮影しているとか、ワクチンの接種券が届いたけど予定が決まっていない話とか、新鮮なネタはいくらでもあるんですが、とにもかくにも「書いている余裕がない」のが歯がゆいです。
さて・・占星術鑑定の受付を再開してから2週間ほど経ちますが、常連さんたちの好意に支えられて、今のところは順調に依頼が舞い込んでおります。本当にいつもありがとうございます~m(_ _"m)
私はずっと「田舎の診療所のお医者さん」のような存在になりたいと思っていたので、付き合いの長い常連さんたちが定期的に私の元を訪れて、あれこれ個人的な悩みを相談してくれる今の状況はまさに「理想の自分の姿に近い」と言えるんです。
実際、病気治療に関する質問も多いので、自分でも「医者っぽいことをやってるなぁ~」とつくづく思いますね(笑)。もちろん、私に医療類似行為はできませんので、「こういう治療法がありますよ」とか「内科よりも皮膚科に行ったほうがいいですね」というような常識的なレベルのアドバイスなのですが、現在の天体配置の話を絡めながら論理的に説明しています。
実は、私の子供のころの夢は「医者になること」でした。これが中学生になる頃には「獣医」に変わったんですが、どちらの夢も、我が家の経済状態では絶対に不可能だ・・・と気がついたのは17歳になってからでした。その頃までは成績も県内トップクラスだったんですよ(笑)。
急に現実の壁が目の前に立ちはだかり、夢を見失った私はその後、うつ病を患ったり、20回以上の転職を繰り返すなど、まるで糸の切れた凧みたいな制御不能な人生を送って来ましたが、ふと気がつけば子供のころの夢と少しばかり近い仕事をしている自分に気がつきました。今は皆さんに「先生」って呼ばれていますしね(笑)。
常連さんたちについては家族構成もよく知っていますし、中には「家族全員分の鑑定を終えている顧客」もいますので、こうなると完全に家族ぐるみの濃いお付き合いです(笑)。
私は今、常連さんたちにとっての「人生のかかりつけ医」のような存在になりつつありますし、まさにそれこそが「私のやりたいことそのもの」だったんです。かなり遠回りした感じはありますが、ちゃんと辿り着くべきところには辿り着くものです。
私には「有名になりたい」という野心もないですし、「占星術界に革命を起こす」というような壮大な目標もありません。
そういうのはやりたい人がやってくださいね(笑)。
ただ私は、自分の力の届く範囲の困っている人に手を差し伸べることができれば、それだけで「自分がこの世に生きている意味」を充分に果たせると思っているのです。
私の好きな言葉に「一隅(いちぐう)を照らす」というのがあります。
天台宗の開祖・伝教大師最澄が残した言葉ですが、正式には「一隅を照らす、これすなわち国宝なり」と言います。
うちのすぐ近所にも天台宗系の寺がありますが、自分の心に迷いがある時はその寺に行って、この「一隅を照らす」と刻まれた石碑にお参りをするようにしているんですよ。
一隅とは「片隅」という意味で「あなたが今いる場所」を指します。だから文章全体で「自分が今いる場所で最善を尽くすことこそが何よりも大切だ」という意味になるんですね。
誰もが注目するような派手な活躍をしている人だけが偉いわけではありません。一人ひとりが自分のいる場所で一隅を照らしていくことこそが大切であり、それが積み重なることで世の中は少しずつ良くなって行くのです。
さて、あなたが生きる意味とは何ですか?すぐに言えます?
「あなたが生きる意味」あるいは「この世界に提供できる自分だけの価値」を50文字以内の短い文章で表現できますか?
「できない」とするならば、あなたは意味も分からずに、ただ漫然と人生を過ごしている・・・ということになるのです。それはちょっとヤバイですよね(笑)?
ほとんどの人が、自分の生きる意味を自覚しないまま、ただ自分のちっぽけな自己承認欲求や親から教え込まれた「常識的な価値観」に従い、お金を稼ぐこと、地位を得ること、いい大学に入ること、金持ちと結婚すること・・・などに貴重な時間を浪費しています。
自分が本当にそれを欲しがっているかどうかすら考えもせずに、とりあえず「周りがイイって言ってるから、きっとイイものなんだろう」という漠然とした理由で、人生の時間のほとんどをその獲得のために使ってしまっているわけです。
ところが人生のある時点において、ふと「あれ?私は何のためにこんなことをしているんだっけ?」という疑問が湧き上がって来ます。
この「内なる疑問」は突然やって来るんですよ~。会社のコピー機の前に立った時・・・とかです(笑)。
いい大学にも行ったし、いい会社にも入った。マイホームも買ったし、高級車も家のガレージに入っている・・・でも、何だか満たされない。あれ?私は何のために生きているんだっけ?・・・というパターンですね。
こうなると、寝ても覚めてもその疑問が頭から離れませんから、大抵の場合、精神を病みます。
ウエイン・ダイアーは、この状態を「人生の午前に真実だったものが、人生の午後には偽りになる」と表現しました。急に自分の人生が全くの無意味に感じられてしまう深刻な症状なんですよ。
こうなってしまった理由は明らかです。
それは人生の中で一度も「自分にとっての本当の幸せとは何か?」を真剣に考えたことがないからなんですね。
子供4人を東大医学部に入学させたお母さんがテレビや雑誌に出ていますが、はてさて、この4人の子供たちは「本当に自分がしたいことは何か」を人生の中で真剣に考えたことがあるんでしょうかね?
兄妹と言えども、一人一人の夢や目標は違うはずです。もちろん「天から与えられたテーマ」は兄妹でもバラバラであることが普通ですし、4人全員同じというのは確率的に絶対にあり得ません。
ところが、この4人の子供たちは全員入った学部までが同じなんですから、そこに「自分の将来について真剣に悩み抜いた形跡」が見られないのですね。正直、運命学的に解釈すると、このお母さんの背負った「負のカルマ」は相当危険なレベルなんですが、それが明らかになるまでにはトランジット土星が一周回って来る「30年」という時間が必要になります。
結局は「世間に褒められそうな進路」で選んだことは明らかですから、実際は誰一人「自分自身の人生を生きていない」のです。
自分の希望よりも「世間の目」を優先したからですね。
この状態の子供たちが「人生の午後」を平穏に迎えられるとは思えません。
「健康こそが一番の幸せ」と考えている人が、深夜残業ばかりの会社に就職したらオカシイですし、「自由こそが最高の至福」と考えている人が、地方公務員になったらやっぱりオカシイわけです。
世間的な評価や、一般的な価値観で考えるのではなく、「自分にとっての幸せは何か」「自分がこの世に生まれて来た本当の意味は何なのか」を一度きちんと検証しなくてはならないのです。
意義のある人生を送るためには、自分の中からいったん「エゴ」を取り出し、自分の周囲を取り巻く「偽りの世界」を疑ってみなければなりません。
トルコの格言には「間違った道をどれだけ進んでしまっても、今、引き返せばいいだけだ」という言葉があります。偽りの自分のまま、これまでどれだけの時間を無駄にしてしまったかはもう問題ではなく、このまま進んでも意味のある人生が送れないと気づいたら、今こそ方向転換をする勇気を持たなくてはいけません。
あなたにとっての幸せな状態を知っているのはあなただけです。
親も教師も世間も、「あなただけの幸せ」については何一つ知らないのですから、彼らの言うことを真に受けてはいません。
仮に本人以外にそれを知っている人がいたら、まぁ、占星術師ぐらいなものですかね~(笑)
それではまた近いうちに。

例えば、8月から2年ぶりに石巻でリボーアートフェスティバルが開催される話とか、NHKの朝ドラ「おかえりモネ」はウチのすぐ近所で撮影しているとか、ワクチンの接種券が届いたけど予定が決まっていない話とか、新鮮なネタはいくらでもあるんですが、とにもかくにも「書いている余裕がない」のが歯がゆいです。
さて・・占星術鑑定の受付を再開してから2週間ほど経ちますが、常連さんたちの好意に支えられて、今のところは順調に依頼が舞い込んでおります。本当にいつもありがとうございます~m(_ _"m)
私はずっと「田舎の診療所のお医者さん」のような存在になりたいと思っていたので、付き合いの長い常連さんたちが定期的に私の元を訪れて、あれこれ個人的な悩みを相談してくれる今の状況はまさに「理想の自分の姿に近い」と言えるんです。
実際、病気治療に関する質問も多いので、自分でも「医者っぽいことをやってるなぁ~」とつくづく思いますね(笑)。もちろん、私に医療類似行為はできませんので、「こういう治療法がありますよ」とか「内科よりも皮膚科に行ったほうがいいですね」というような常識的なレベルのアドバイスなのですが、現在の天体配置の話を絡めながら論理的に説明しています。
実は、私の子供のころの夢は「医者になること」でした。これが中学生になる頃には「獣医」に変わったんですが、どちらの夢も、我が家の経済状態では絶対に不可能だ・・・と気がついたのは17歳になってからでした。その頃までは成績も県内トップクラスだったんですよ(笑)。
急に現実の壁が目の前に立ちはだかり、夢を見失った私はその後、うつ病を患ったり、20回以上の転職を繰り返すなど、まるで糸の切れた凧みたいな制御不能な人生を送って来ましたが、ふと気がつけば子供のころの夢と少しばかり近い仕事をしている自分に気がつきました。今は皆さんに「先生」って呼ばれていますしね(笑)。
常連さんたちについては家族構成もよく知っていますし、中には「家族全員分の鑑定を終えている顧客」もいますので、こうなると完全に家族ぐるみの濃いお付き合いです(笑)。
私は今、常連さんたちにとっての「人生のかかりつけ医」のような存在になりつつありますし、まさにそれこそが「私のやりたいことそのもの」だったんです。かなり遠回りした感じはありますが、ちゃんと辿り着くべきところには辿り着くものです。
私には「有名になりたい」という野心もないですし、「占星術界に革命を起こす」というような壮大な目標もありません。
そういうのはやりたい人がやってくださいね(笑)。
ただ私は、自分の力の届く範囲の困っている人に手を差し伸べることができれば、それだけで「自分がこの世に生きている意味」を充分に果たせると思っているのです。
私の好きな言葉に「一隅(いちぐう)を照らす」というのがあります。
天台宗の開祖・伝教大師最澄が残した言葉ですが、正式には「一隅を照らす、これすなわち国宝なり」と言います。
うちのすぐ近所にも天台宗系の寺がありますが、自分の心に迷いがある時はその寺に行って、この「一隅を照らす」と刻まれた石碑にお参りをするようにしているんですよ。
一隅とは「片隅」という意味で「あなたが今いる場所」を指します。だから文章全体で「自分が今いる場所で最善を尽くすことこそが何よりも大切だ」という意味になるんですね。
誰もが注目するような派手な活躍をしている人だけが偉いわけではありません。一人ひとりが自分のいる場所で一隅を照らしていくことこそが大切であり、それが積み重なることで世の中は少しずつ良くなって行くのです。
さて、あなたが生きる意味とは何ですか?すぐに言えます?
「あなたが生きる意味」あるいは「この世界に提供できる自分だけの価値」を50文字以内の短い文章で表現できますか?
「できない」とするならば、あなたは意味も分からずに、ただ漫然と人生を過ごしている・・・ということになるのです。それはちょっとヤバイですよね(笑)?
ほとんどの人が、自分の生きる意味を自覚しないまま、ただ自分のちっぽけな自己承認欲求や親から教え込まれた「常識的な価値観」に従い、お金を稼ぐこと、地位を得ること、いい大学に入ること、金持ちと結婚すること・・・などに貴重な時間を浪費しています。
自分が本当にそれを欲しがっているかどうかすら考えもせずに、とりあえず「周りがイイって言ってるから、きっとイイものなんだろう」という漠然とした理由で、人生の時間のほとんどをその獲得のために使ってしまっているわけです。
ところが人生のある時点において、ふと「あれ?私は何のためにこんなことをしているんだっけ?」という疑問が湧き上がって来ます。
この「内なる疑問」は突然やって来るんですよ~。会社のコピー機の前に立った時・・・とかです(笑)。
いい大学にも行ったし、いい会社にも入った。マイホームも買ったし、高級車も家のガレージに入っている・・・でも、何だか満たされない。あれ?私は何のために生きているんだっけ?・・・というパターンですね。
こうなると、寝ても覚めてもその疑問が頭から離れませんから、大抵の場合、精神を病みます。
ウエイン・ダイアーは、この状態を「人生の午前に真実だったものが、人生の午後には偽りになる」と表現しました。急に自分の人生が全くの無意味に感じられてしまう深刻な症状なんですよ。
こうなってしまった理由は明らかです。
それは人生の中で一度も「自分にとっての本当の幸せとは何か?」を真剣に考えたことがないからなんですね。
子供4人を東大医学部に入学させたお母さんがテレビや雑誌に出ていますが、はてさて、この4人の子供たちは「本当に自分がしたいことは何か」を人生の中で真剣に考えたことがあるんでしょうかね?
兄妹と言えども、一人一人の夢や目標は違うはずです。もちろん「天から与えられたテーマ」は兄妹でもバラバラであることが普通ですし、4人全員同じというのは確率的に絶対にあり得ません。
ところが、この4人の子供たちは全員入った学部までが同じなんですから、そこに「自分の将来について真剣に悩み抜いた形跡」が見られないのですね。正直、運命学的に解釈すると、このお母さんの背負った「負のカルマ」は相当危険なレベルなんですが、それが明らかになるまでにはトランジット土星が一周回って来る「30年」という時間が必要になります。
結局は「世間に褒められそうな進路」で選んだことは明らかですから、実際は誰一人「自分自身の人生を生きていない」のです。
自分の希望よりも「世間の目」を優先したからですね。
この状態の子供たちが「人生の午後」を平穏に迎えられるとは思えません。
「健康こそが一番の幸せ」と考えている人が、深夜残業ばかりの会社に就職したらオカシイですし、「自由こそが最高の至福」と考えている人が、地方公務員になったらやっぱりオカシイわけです。
世間的な評価や、一般的な価値観で考えるのではなく、「自分にとっての幸せは何か」「自分がこの世に生まれて来た本当の意味は何なのか」を一度きちんと検証しなくてはならないのです。
意義のある人生を送るためには、自分の中からいったん「エゴ」を取り出し、自分の周囲を取り巻く「偽りの世界」を疑ってみなければなりません。
トルコの格言には「間違った道をどれだけ進んでしまっても、今、引き返せばいいだけだ」という言葉があります。偽りの自分のまま、これまでどれだけの時間を無駄にしてしまったかはもう問題ではなく、このまま進んでも意味のある人生が送れないと気づいたら、今こそ方向転換をする勇気を持たなくてはいけません。
あなたにとっての幸せな状態を知っているのはあなただけです。
親も教師も世間も、「あなただけの幸せ」については何一つ知らないのですから、彼らの言うことを真に受けてはいません。
仮に本人以外にそれを知っている人がいたら、まぁ、占星術師ぐらいなものですかね~(笑)
それではまた近いうちに。
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