天使と悪魔

どんな立派な言葉を並べても、その言葉を発した人物の人間性が低ければ、やはりその言葉を信じることはできない。また、どんな美しい言葉も、平和で穏やかな人生を生きてきた人の言葉は、極限状態を体験した我々被災者の魂には届かない。
私たちが求めているのは、どんな絶望的な状況であろうとも揺るがない「真理」。
ユダヤ人であるフランクルは、アウシュビッツ強制収容所で3年間を過ごし、その間に妻を殺されている(開放されるまで、妻が死んだことは知らなかったが)。毎日のように仲間がばたばた死んでいき、自らも空腹と苦痛で何度も死に掛けているが、彼が打ち立てた「ロゴセラピー」の理論は揺らぐことがなかった。いやむしろ、収容所生活の中で、彼は自分の理論が正しいことを確信していくようになる。

スピリチュアルなことを学んでいる人は「性善説」に傾きやすいが、フランクルによると極限状態の中では、その人の精神性に応じて天使と悪魔の二つに分かれるという。
ユダヤ人の中にも、ドイツ人の看守に取り入って、仲間を暴行したり、理由もなしに殺したり、死んだ仲間の遺体から靴や衣服を盗む者もいた。しかし、中には、自分に支給された僅かなパンを病気の仲間の枕元にそっと差し出すユダヤ人もいたという。
ドイツ人将校の多くはユダヤ人たちを物の様に扱い、虐待していたが、中には、自腹を切って病気のユダヤ人のために薬を調達してくれる将校もいたという。
ユダヤ人の中にも、ドイツ人の中にも天使と悪魔の両方が存在した。
人間は自分を善良な存在だと思いたがるが、自分がどちらに属するのかは、結局、極限状態に追い込まれてみないと分からないのだ。

東日本大震災の時、私も極限状態の中で人間の真実を見た。
震災から4日目のことだった。私は3日目まで石巻市役所に閉じ込められた妻の救出作戦に奔走していたため、消防団員として活動を始めたのは3日目の夜になってからだった。震災直後から働いていた仲間に申し訳なくて、朝から必死になって働いていた。私の分団が任されたのは避難所への灯油と軽油の配送だった。
私の住んでいる地区は石巻でも内陸の方にあり、津波の被害を免れていた。しかし、沿岸部から逃げてきた人たちで、どこの避難所も満員状態になっていた。連日氷点下まで気温が下がるので、発電機を回す軽油と、暖房用の灯油は避難者にとってまさに「ライフライン」だった。
3月14日の午後のこと。大声で笑いながら歩いている「避難者」を見かけた。恐らく一つの家族であろう。祖父、祖母、父、母、そして小学生ぐらいの子どもが3人。
消防団員のひとりがイライラしながら「また、あいつらか・・・」と吐き捨てるように言った。
どうやらこの辺の避難所では有名人らしい。消防団員の間では「アホの坂田一家」と呼ばれていた。(実際の名字とは違うが)。もともとこの一家は震災前から「家族全員無職」であるという。おそらくは生活保護で暮らしているのだろう。
しかし、その割には家族全員がブクブクと太っており、また大声で喚くように喋っているのを見ると、どこか病気があるようには見えなかった。さらに両親と子供は金髪に染めていて、長男らしき10歳ぐらいの少年は耳にピアスをつけている。この一家は震災直後から、各地の避難所や市役所の支所をまわり、救援物資を大量に持ち去っているのだという。ところが「アホの坂田一家」が暮らす家は、津波にも地震にも壊されずに立派に立っているそうな。
それでも、かれらは徒歩で避難所めぐりを繰り返している。見れば、確かに着ている服は新品のスキーウェア。どこかの避難所から持ってきたのだろう。
彼らは避難所全体に響くような大声でこう話していた。「お父さん、石巻は貧乏だから、ろくな物がないね。隣の登米市ならもっといっぱいもらえるんじゃないの?」「ああ、待て待て。もうすぐ食料も来るから、もらえるだけ貰ってからだ」。団員たちが一瞬殺気立った。実は消防団も支給されたのはコップ一杯の水とオニギリ一個だけ。一日それだけの食料で肉体労働を行っている。それでも、避難所で揉め事を起こすわけもいかず、言葉を飲み込んだ。
すると、坂田一家の父親が、支援物資のホッカイロが入っている段ボール箱を箱ごと持って行こうとしていた。それを見ていた石巻市の女性職員が「それを持っていくなら、ココに名前を住所を書いてください!」と怒鳴りつけた。
父親は舌打ちして、「覚えとけよ、ねえちゃん」と言いながら箱を床に投げつけた。まるっきりチンピラだ。
周りの避難者の視線が気になったのか、アホの坂田一家はそそくさと出て行った。
だが、事件はその夜に起きた。
避難所の灯油がポリタンクごと盗まれたのだ。
百人の避難者が寒さに震えていると言うのに、そこから灯油を盗む奴がいるなんてっ!
何人かの証言から、「黄色いスキーウェアを着た中年男が持っていった」ということらしかった。・・・・あのアホ親父か。
しかし、今は揉めている場合でもないし、警察も来ない。捕まえるには現場を押さえるしかない。
その日から、消防団とは別に地元住民と避難者の有志を集めて自警団を結成した。
避難者の60代の男性がボソッと言った。「犯人を見つけたら殺そう。死体を川に投げ込んどけば、津波で死んだかどうかは区別できない」・・・・冗談だと思った。しかし、沿岸部でコンビニが襲われすべての商品が持ち去られたり、車の燃料タンクに穴を開けられるという事件が頻発していることは聞いていた。あと、未確認ながら、遺体の指をノコギリで切って、指輪を持ち去るものもいるという噂が流れていた。
泥棒も家族を守るために必死なのかもしれないし、今は非常時。向かってくれば反撃せざるを得ない。

・・・・・人間は基本的に善でも悪でもない。それまで培ってきた精神性に応じて、善と悪に別れてしまう。こういう状況を体験したことのない人間は「人間は神の分身」だの「天使に守られた存在」などと無責任なことを言う。またそのセリフ自体が、その人間がこれまでどれほど甘っちょろい人生を歩んできたかも露呈する。

フランクルは言う。「それでも人生に意味はある。」

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