インド人の運命哲学

インド人の多くは運命論者である。インド社会の基盤をなすカースト制度も、「貧しい家に生まれる人間はそのようなカルマを、豊かな家に生まれる人間はそのようなカルマを持っている」という考えから来ており、そのカルマを解消するために、それぞれのカルマに従った貧しさや豊かさを体験することが善だとされる。
つまり、それぞれの身分によって細かく職業が決められるのだ。それは不公平ではなく、本人のカルマなのだから仕方がないと言うのだ。実際、インドのレストランは異様に従業員が多い。皿を洗う人は皿洗いしかできない。ウェイターはウェイター以外の仕事をすることは禁じられている。料理をする人間は料理だけ。
ただし、このカースト制度はハリジャンと呼ばれる最下層の人間が最悪の暮らしから抜け出せないという問題を生み出しており、あのマハトマ・ガンジーもカースト制度の廃止を訴え、インド仏教復興の父と呼ばれるアンベードカルも、カースト制度廃止法案の成立に生涯をかけた。
それでも根強い差別はなくならず、今でも、アンベードカルの後継者となった日本人僧侶の佐々井秀嶺が最下層民を仏教徒に改宗させるなど、カースト制度と戦い続けている。

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ここまでインド人の心を縛る「カルマ」とはいったい何なのか?

静かな水面に石を投げると波紋が広がるように、人間の思考も微妙な波動となって宇宙全体に広がっている。インド占星術の教えによれば、その波動は惑星に反射し、その波動を発した人間に正確に返ってくるのだという。
この波動を「カルマ」と呼び、本人に返ってきて現実が生み出されることを「バッギャ(運命)」と呼ぶ。

カルマの法則はすべての人間に公平に働いている。
ならば、悪人が一時的にせよ栄えるのはおかしいではないか、とも思える。
それは、カルマがバッギャになるには時間がかかるからだ。それがどれぐらいの時間になるのかはカルマの内容によっても違う。
我々が発した波動は宇宙全体に広がるが、それぞれの惑星にも特定の波動があり、それと共鳴する波動だけが記録される。例えば宗教や幸運に関する事柄は木星に、試練とか哲学は土星に、学問やコミュニケーションに関わるものは水星に記録される。
そして、その人が生まれもった「運命の型(バースチャート)」に従い、それぞれの惑星が特定の角度を取った時にそのカルマを打ち返してくる。
携帯電話に電波を送るがごとく、打ち返されたカルマは確実に本人にだけ届き、間違って他の人に届くことはありえない。電話だって番号が正しければ違う人の電話が鳴ることはないわけで。

カルマが「惑星が特定の角度」になった時しか返ってこないというシステムが、悪人が一時的にせよ栄える原因となっている。太陽が公転軌道上を一周するのは一年で終わるが、木星なら12年、土星なら30年もかかる。冥王星にいたっては一周するのに248年もかかるのだ。
これによって我々のカルマはすぐには返ってこないし、場合によっては来世まで持ち越されることもある。その持ち越されたカルマが生まれた時の家庭環境に表れると考えたのがカースト制度の始まりだ。

ホリエモンを例にとろう。
彼は非常に優秀で、またたく間に財を築いた。ただ、その手法は大規模な株式分割、粉飾決算、企業買収などルールすれすれ、あるいは一部違法なものも含まれていた。
彼の行動原理は「他人に損害を与えても自分だけは得をしたい」である。
この思考は宇宙全体に広がり、惑星に記録された。彼は数年にわたり「我が世の春」を謳歌したが、カルマは確実に蓄積されていた。ワシはもともとホリエモンが大嫌いで、ブログでも何度か批判したことがある。
「カネさえあれば愛だって買える」と豪語するホリエモン。
惑星が彼にとって特別な角度になったとき、一気にカルマは打ち返されてきた。ライブドアショック。
彼は逮捕され、身内だったものは次々と彼を裏切り、恋人も去った。金で買った愛とはズイブン脆いものだ。
しかし、まだまだ彼が発した波動はすべて返ってきていない。近い将来、有罪が確定し、再び収監されることだろう。

ワシもカースト制度には反対だ。生まれた環境が悪いのはカルマのせいだ、などと言っても、それを差別する人間が新たな負のカルマを生み出すシステムは間違っている。(仏教はもともとカースト制度には反対なのだ)
ただ、確かなことは宇宙は我々の思考や行動をすべて記録しており、時期が来れば打ち返してくる。「バレなければ大丈夫」などと言って不正な行為をしたり、他人に対する憎しみの感情を持ち続けることのないように・・・・。



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