霊性と情熱のあいだぐらい

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<<   作成日時 : 2018/08/11 21:21   >>

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ひとつの「出会い」が人生を大きく変えてしまうことがあります。
例えば私も、妻と出会っていなければ「占星術師」には絶対なっていなかったと思いますよ。
「世界最高峰の占星術師になりたい」という潜在的な野望は持っていましたが、現実的な収入や周囲の目を気にして、実際の行動に踏み切ることはきっとできなかったはずです。
それが、東日本大震災で失業し、「やりたくもない仕事」と転々としながら「本当に価値のある仕事をしたい」という思いが強くなっていた頃に、妻の「占い師やれよ」という言葉が直接のきっかけになってこの世界に足を突っ込んだのです。

それにしても、夫に「占い師になれ」なんて言う非常識な妻は、日本広しと言えども他にいないでしょうね(笑)。

もともと私は結婚願望が弱いほうでしたし、「孤独」も苦になりませんでした。だから「一生独身でもいいや」と本気で思っていたんです。
子供の頃から単独行動を好み、小学校の帰りでさえ、友達から「一緒に帰ろうよ」と言われても断るほどの「嫌な子供」でしたね(笑)。
とにかく一人が好きで、あまり「寂しい」と感じたことはありませんでしたし、本さえ読んでいれば満足している子供だったんです。

休み時間も、友達と外で遊ぶことはせずに、ひとりで教室にこもって小説ばかり読んでいました。ある時、担任の先生に呼び出されて「皆と外で遊びなさい」と本を取り上げられたことがあります。
別に私はイジメられていたわけではなく、単純に「一人で本を読むのが好きだった」というだけなんですから、この仕打ちはショックでした。

当時はサッカーが流行っていて、私以外の男の子は全員サッカーに夢中でした。先生は、その子たちと一緒に遊びなさい、というわけです。この時のトラウマがあるので、今でも「キャプテン翼」は嫌いな漫画の筆頭です(笑)。私はいわゆる「もやしっ子」ではありません。ケンカも強いほうでしたし、理不尽な仕打ちには「確実に反撃する」と決めていましたから、イジメられることはありませんでした。
単純に私は「ひとりで本を読んでいたかった」というだけなんですね。

まぁ、そんな「孤高の人」の私も30代になると彼女ができたんです。奇跡ですね(笑)。
ところがそれを知らない親戚から「お見合い話」が持ち込まれました。よっぽど私が「人間嫌いのダメな奴」に見えていたんでしょう。

お相手は女川町に住んでいて、当時「家事手伝い」だった5歳下の女の子です。要するに無職ですね。ただ、今は仕事はしていないけど、本当は働き者のいい娘だから「農家の嫁」にはちょうどいい、という話でした。
この女の子は、どうやら私の遠縁の親戚に当たるらしく、私の知らないところで、かなり複数の親戚達が話し合い、「絶対に二人をくっつけるぞ」という計画が着々と進んでいたのだそうです。
長々と説明された後、私は一言、「あ〜、俺、彼女いますんで、お断りします」と返しました。

予想外の展開に驚く親戚のおっさん。
「お前のような、他人に気も使えず、いつも一人ぼっちでいるような男に彼女がいるのか?」
というような物凄く失礼なことを言われながらも、「とにかく絶対無理ですから」と追い返しました。

それから4年ほど経過した2011年1月。私は、当時付き合っていた女性とそのまま結婚しました。今の妻ですね。

その頃には4年前の見合い話のことなどすっかり忘れていましたが、結婚からわずか2ヵ月後の2011年3月11日に東日本大震災が発生し、石巻に住む私たちのもとには「女川町が壊滅状態」という情報が飛び込んできました。
父親が「女川の親戚が生きているかどうか心配だ」と言い出したため、私と父の二人は、救援用の食料を持って女川町に向かうことにしました。当時は何の情報もありませんでしたし、停電だし、電話も不通だったので、本当に「安否不明」という状態だったんですね。

私が当時使っていた車はディーゼルの4輪駆動車でしたが、農家には常に「軽油の備蓄」があるため、ガソリン不足の大混乱の中で、私は自由にあちこちを飛びまわっていました。災害時は、食料と燃料を持っている農家が「最強」なんです(笑)。

水没している沿岸部を避けて、山道を抜け、ようやく女川町に到達しました。するとそこに広がる光景はまさに「壊滅」という言葉にふさわしく、なんと町の8割が瓦礫の山と化していたのです。

ただ、その親戚の家は高台にあるらしいので、ひょっとしたら無事かもしれません。しかし、女川町に到達した津波の高さは「38メートル」でしたから、高台の家もかなりの被害を受けているようでした。

道が瓦礫で埋まっているため、父親の記憶を頼りに家を探すのは不可能だったため、カーナビに住所を入力してようやくその家を探し当てることができました。

幸い、山の中腹付近に建っていた親戚の家は「ほぼ無傷」の状態でした。しかし、その家よりも一段低い場所に建っていた家は柱だけ残して流されており、本当に津波が斜面を駆け上がって来たことが分かります。

家に入ると、親戚達と父が「おお、無事だったか〜」とがっちり抱き合っていましたが、私にとっては初めて会う人達ばかりですから、そこまでの喜びはありません(笑)。
とりあえず、持ってきた食料とペットボトルの水を渡すと、しみじみと「ほんと〜に助かるよ。ありがとう」と感謝されてしまいました。
その中に、ひとりだけ若い女性がいて、ペットボトル3本を胸にしっかりと抱きしめ、何度も何度も「ありがとうございます」と頭を下げていました。結構かわいい女の子でしたね。
この時、「あっ」と気づいたのですが、この女性こそ4年前に私との見合いの話が出ていた「家事手伝いの女の子」だったのです。
ひょっとすると妻になっていたかもしれない女性と、こうして初めて対面したのが「最悪の緊急事態」の時なんですから、人生とは不思議なものです。

彼女は実家暮らしを続けていましたので、たまたま「津波の来ない場所にいた」ということになりますが、私と結婚して石巻市の中心部に勤めていれば死んでいた可能性もあるでしょう。

少なくとも、この津波は全く別の場所で体験していたでしょうし、こんな水も食料もないところで泣きながらペットボトルを受け取ることもなかったはずです。

何が正解なのかは、永遠に分からないことですが、ほんの些細な決断が、多くの人の人生に多大な影響を与えると言うことだけは分かりますね。
もし彼女と結婚していたら、今の私は何をしているのでしょうかね?ひとつだけはっきり言えることは「占星術師には絶対になっていない」ということです(笑)。
そっちのほうが幸せだったかどうかも、今となっては確かめようもありませんが。

すべては「決められたとおりの運命」なのか、それとも私たちには「選択の余地」があるのか・・・これを知ることこそが私の人生のテーマそのものなのかもしれません。


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