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<<   作成日時 : 2018/07/19 18:05   >>

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東京編の最終回です。
岡倉天心を調べている中で気がついたのは、彼の思想の土台になっているのは「老子の教え」だということでした。
天心は『茶の本』の中で、茶道と禅のルーツは「老子の教えだ」と主張しているんですね。
それが正しいのかどうかは別にして、どうやら「天」が私に学ばせようとしているのは、岡倉天心そのものではなく、彼の活動を支えた「老子の思想」のほうではないか、と思えてきたのです。
老荘思想・・・これはある意味では、「自己啓発系」とは対極にある考え方です。
自己啓発系では「自分の目標を明確にイメージせよ」と教えますよね?最近では「引き寄せの法則」なんてのが流行ってますが、まさに「自分のとって都合のいい未来をイメージすること」が教えの根本になっています。「思考は現実化する」というわけです。

ところが、老子の思想(タオイズム)では、一切の「意図」を否定し、「あるがままで生きろ」と教えます。夢を必死になって追っかけるのではなく、すべて「自然に任せる」ことを理想とし、それで何か問題が起これば「きっとタオのほうから助けに来てくれるさ〜」と明るく言い放つような思想なんですね。
「悟りを開く」のが目的ではなく、最初から「悟りを開いたような精神状態」でスタートするんですね。

私はこの思想に昔から興味があったのですが、どうしても世俗の欲を捨てられないので(笑)、なかなかタオイズムには手を出せなかったんですね。ある意味では、「頑張っている人」を全否定しかねない内容ですし、怠惰な人の「何もしない言い訳」に使われる危険もあります。

しかし、実はこの教えは私が子供の頃から慣れ親しんだ思想でもあるのです。
私は、近い親戚に坊さんがいるので、子供の頃から強制的に「座禅」をさせられていました。結構、嫌な思い出です(笑)。5歳の子供が30分間、じっとして座っているなんて「苦痛」でしかありません。
その私が、今では毎日、朝晩30分ずつの瞑想を日課にしているのですから、皮肉なものですけどね(笑)。
曹洞宗の禅は、「只管打坐(しかんたざ)」を基本とします。只管打坐とは、一切の意図を排除し、ただひたすらに「座る」ことだけに集中するという考え方ですね。
もちろん、「悟りを開きたい」というような高尚な願いを持つことも禁止です。何の意図も持たずに「ただ座る」とういのが曹洞宗の「禅」なんです。
・・・おやぁ?老子の教えになんか似てますね。

ちなみに、「私は真理を探求しています」とか「悟りを開くために瞑想をしています」なんて偉そうに私のところに言ってくる人がちょこちょこいますが、「禅」や「道教」の考え方からすると最悪の態度になってしまいますね。そういう「我欲」を持つこと自体が悟りから遠く離れることを意味しますので、たぶん100年やっても何も得られません。
だいたい彼らの言う「真理」って何ですかね?現実逃避するための手段を「真理を求めている」と言い換えているなら、私はそんなものは求めていませんので、仲間だと思って近寄ってこられても困ります。

あれこれ考えているうちに、確か何年か前に「タオ」とかいうタイトルの本を買ったことがあるな〜、と思い出しました。
買ったのが結婚前なので、たぶん実家の押入れに入っているはず。もちろん、まだ読んでいません。

相変わらず、妻は疲れて眠り続けていましたので、私はちょっくら実家まで本を探しに行くことにしました。
私の実家は石巻市内にありますが、市の一番端っこにあるので、私の自宅からは車で40分ほどかかります。今回はガソリン代が勿体ないので、バイクで行くことにしました。バイクなら燃費は車の半分以下です。
私の住んでいるところは、駐車スペースが一台分しかないアパートなので、車は夫婦二人で一台を共有しています。
だから妻が仕事で車を使う時などは、私はバイクで移動するんですね。
ところが今年の4月にこのバイクが壊れてしまいました。しかも完全にエンジンが逝ってしまって、泣く泣く新しいバイクを買い直す羽目になったんです。この予定外の「バイク購入」が、今の金欠の原因のひとつで、それが「お金をかけない東京旅行」につながったわけなんです。

実家に着いて自分の部屋に入ると、驚いたことに机の上・・・しかもど真ん中に一冊だけ『タオ』というタイトルの本がそっと置いてありました。
え〜っ!何これ、怖いわっ!
そう言えば、3週間ほど前に実家に戻ってきた時に、押入れの中の荷物整理をしたような気がします。その時に無意識的に、一冊の本を机の上に置いていたみたいなんですね。自分で置いた記憶すらないのに、それがよりにもよって探しに来た『タオ』なんですね。

バイクが壊れて低予算の旅行になることも、私が東京で「岡倉天心」と巡り会うことも、その岡倉天心の思想の土台となっていた「タオイズム」に興味を持って本を探しに来ることも、運命は「すべてまるっとお見通し」だったわけですか・・・。
驚き過ぎて、言葉も出ない。

そこまで回りくどいお膳立てをしてまで、私に読ませたかったこの本には何が書いてあるんでしょうかね?
私はその場に座り込んで、本のページをめくり始めました。

画像


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筑摩書房
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内 容 ニックネーム/日時
偶然が重なる時は運命のサイン、それはその人が正しい道を歩いてる時にだけ起こる偶然なんでしょうね。だって普通そこまで同じサイン(岡倉天心)に取り憑かれる事とか滅多に無いですもん笑

タオイズムを調べても様々な解釈がされているようで面倒臭くてドロップアウトしたんですが、スイレンさんが分かりやすく説明してくれるしいいか〜とか思ったり笑
ただ『自然にまかせろ』という言葉には共感できます。

私はつい最近ある出来事で『新しく生まれ変わった』体験をしました。
視界が開けたと同時に『自分がいくら決意しても上手くいかなかったのに、時が来て促された時に何も考えず飛び込むだけで自然と上手くいく』というのを実感したばかりなんです。

今までは『こうなりたいなら、これをしないといけない』という考えでしたが、これからは『やりたい事はやった、あとは運命が導く』っていうスタイルに変わりました。

人によって『自然』の形は様々だと思いますが、そのヒントを教えてくれるのはホロスコープなのかも…なんて思います。

タオイズムの思想はおそらく今の私にとって熱い話題です。
スイレンさんの解釈を楽しみにしてます!
長文失礼しました( _ _ )

なつ
2018/07/20 15:20
こんにちは、なつさん。
結構、プレッシャーですね〜(笑)。

タオイズムは意外と「単純だけど難解」ですし、原文を読んだだけだと「はぁ?」ってなりますよね?

日本人は気質的に「努力信仰」を捨てられないので、なかなか苦戦しています。
近いうちに、自分なりの解釈をアップしますので、楽しみにしていてくださいね。
スイレン
2018/07/20 18:14

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