運命の受諾

現代において運命って言葉は嫌われる。
でも、自分の過去を振り返って、自分の自由意思とは違う方向に導かれ、それが正解だったという例も多いはず。
仏教の中にも、運命を受諾することを目指した宗派がある。浄土宗と浄土真宗だ。
これは私の勝手な解釈ですが、南無阿弥陀仏という言葉の中には「私は仏が与えてくださる運命をすべて受け入れます。たとえそれが試練であったとしても仏が与えてくださったものは最善であることを信じます」という決意が込められているような気がする。
これが他力本願の道。
他力本願は「他人まかせ」と訳されることがあるがそれは違う。
自分のちっぽけなエゴではなく、もっと大きい存在に自分の身をゆだねること。これは自分勝手に生きるよりもずっと強い決意が必要とされる。

運命はプラス思考ごときで変えられるほど軽くない。
人は良い運命に出会うと自分の手柄のように思い天狗になる。悪い運命に出会うと「世間が悪い、社会が悪い」と騒ぎ立てる。
そこには「運命の受諾」という精神が欠けている。

運命を受け入れるとすべてが必然に思え「これにはどんな意味があるのか」「何のために与えられたのか」と考えるようになる。すると自然にプラスの方向に考えられるようになり、生きるのが楽になる。
だから運命を拒否したプラス思考なんてのは長続きしない。運命を受諾することから生まれてくるプラス思考こそが新たな運命を創る力になる。

キリスト教の祈りにも同じ意味のものがある。
「もし神がお望みなら、仰せの通りになりますように。」

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