禅とは

「禅とはなんですか?」
こんなふうに聞かれたら、道端の花を手に持ってニッコリと微笑みましょう。
「フザケンナ!」と言われるかもしれませんが気にしてはいけません。
相手が怒って帰ってしまった後、花を土に戻して「ご苦労さん」と言ってくださいね。
だって「禅とは?」と聞かれてもこれ以外に表現の仕様がないんです。禅とは言葉で表現できないもの。不立文字(ふりゅうもんじ)の世界だからです。
西洋においては真理は言葉で表現されます。だから聖書やコーランが絶対の価値を持つんです。
しかし、仏教は「言葉で表現できない世界」「言葉にしたら嘘になってしまう世界」なんです。

実はお釈迦様も「真理とは?」と聞かれて、花を胸元に掲げニッコリと笑っただけでした。
たくさんの弟子の中で、ただ一人「迦葉(かしょう)」だけがこの意味を理解し、ニッコリと微笑み返しました。
たった一人の人間が理解したことによって、仏教の長い長い血脈が始まったのです。

お釈迦様が表現したのは「私の仏性と花の仏性は一体である。だから私は花、花は私。対立なし」ということ。でも、これも文章にした時点でどこか完全ではありません。真理は言葉を越えるものだから・・・・。
だから迦葉も「わかりました」と言葉では答えずに、無言で微笑んだのです。

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この微笑みこそがお釈迦様の最初で最後の説法だったと言われています。
現代には多くの仏典が伝わっており、それらはお釈迦様の説法集ということになっていますが、これは言葉に頼っているため、お釈迦様の真意を正確に表していないと思えます。

法華経やら御書を大切にする宗教団体は、このエピソードをどのようにお考えになっているか一度お聞きしたいと思っておりましたが、「邪宗の言うことなんぞ聞かないぞ!」と逆ギレされるのがオチかもしれませんね。

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