何も求めず

極度の睡眠不足でフラフラしております。
「黒柳徹子の額を見た人間はいるのか?」という命題が気になって今日も眠れそうにないスイレンです。
たぶん、眉間に第三の目が開いているのでしょう。これからは「黒柳サンジヤン」とか「聖魔様」とお呼びしましょう。

ま、そんな話はどうでもいい。
眠くて意識を失いそうなので短く・・・・。

「禅をしたら何かなりますか?」
ある人が世界的に有名な禅僧の鈴木大拙氏に尋ねた。すると
「あなたねぇ、禅にまで目的や功徳を勘定したらいけませんよ」
と答えた。

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曹洞宗の禅は「何も求めずひたすら座る」

悟りすら求めてはいけないのだ。仏とは何も求めない人。何も求めず三十分間座ったらその三十分の間、その人は確かに仏になっているのだと言う。

「南無妙法蓮華経と唱えれば素晴らしい功徳がある」・・・どうもこの言葉に私は違和感を覚える。熱心な法華経信者だった宮沢賢治は「ジブンヲカンジョウニイレズ」と書いているではないか。坊さんよりも彼のほうが正しく法華経を理解していたんじゃない?

勘定に入れないというのは「見返りを求めない」ということ。

功徳を山のように積むことを願ってる学会員のみなさーん、仏教の目的は仏になること、あるいは自分が本来仏であることに気づくことです。功徳を積んで仏様に優遇してもらおうなんてのは仏教じゃないんですよ。

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