般若理趣教

日本の仏教史に燦然と輝く二人の巨星、空海と最澄。本来協力しながら仏教を極めんとしていた二人が決裂する原因もまた性欲の扱いについてでした。

空海のもとで修行していた最澄は、空海に「般若理趣経」を貸してほしいと頼みます。理趣経は空海が唐の都長安から持ち帰ったもので、最澄が唐で学んだ密教の中には含まれていませんでした。

空海は「三年ここで修行をしたら見せてあげる」と言い断ります。

すでにそのとき比叡山の代表となっていた最澄は三年もの間比叡山を留守にできないので、一番弟子を残し帰ります。その弟子を通じて何度も理趣経を貸してくれるように頼みますが空海は決してそれに応じません。

ここからの話は映画「空海」の一場面をお話しします。細かい部分は史実と異なるかもしれません。

たまりかねた最澄は再び高野山を訪れ理趣経を見せてくれるように懇願します。

空海は「理趣経は恐ろしい教えです。修行もなしに読んで理解することはできません」

「しかし、古来から人は文字によって仏の教えを学んできたのではありませんか!」

「理趣経には男女の愛欲もまた菩薩の位なりと書かれています。このような教えを文字だけで理解できると思うのですか?」

「なんと!!愛欲が菩薩の位ですと?」

最澄は衝撃を受けます。

「密教は人間の最も深い部分までも対象としているのです」

仏教を万人に伝えるには文字以外にないと考える最澄にとってこれは受け入れがたい事でした。

「もう結構です。さぁ帰るぞ!」

その問いかけに最澄の弟子は

「私はこのまま空海様のもとで修行しとうございます」

「なんだと!・・・・・・空海、あなたは私の最も大事なものまで奪うのですか?」

こうして二人の巨星は別々の道を歩むことになります。

伝教大師最澄でさえ読むことができなかった理趣経も、今では本屋で1500円ぐらいで解説本が買えてしまいます。人間の性欲に言及した密教教典、その内容はいかなるものだったのか?我々のように修行をしていないものが理解できるのか?解説本を書いている作者が本当に内容を理解できているかも疑問ですが、性欲を大胆に認めるその教えは読み方を間違えると大変危険だと思います。

次回は理趣経について考えてみたいと思います。


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