霊性と情熱のあいだぐらい

アクセスカウンタ

zoom RSS 真実の願いを

<<   作成日時 : 2017/07/24 22:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 15 / トラックバック 0 / コメント 0

「社会的な名誉」と「幸福感」が必ずしも同じでないと思わせる事件が頻発しています。
民主主義社会で最高の権力を手に入れたはずのトランプ大統領は、その発言の「74パーセントは嘘」などと言われ、世界中から軽蔑され、毎日マスコミから集中砲火を浴びています。今も自分の身を守るために新しい嘘を量産し、とても幸せそうな人には見えません。
日本の官僚機構の中で「事務次官」という最高の地位を手に入れた前川喜平は、裏では天下りの斡旋で自分の「立場」を強化する裏工作に明け暮れ、夜になると女の子に小遣いを渡してデートしてもらうような卑屈なクソ野郎だと暴露されました。その人間性の薄汚さは、「官僚のクズ」と揶揄されています。
一説には「総資産50億」とも言われ、個人事業主としては最高クラスの収入を得ていたはずの松居一代が、息子と夫の愛を得られず、常軌を逸した暴走行為で世間を騒がせています。
ハーバード大学の学位を持ち、エリート街道まっしぐらだった豊田真由子議員は、自分の感情すらコントロールできずに、周囲の人間に暴言を繰り返し、回復不能なほどの大恥を世間に晒しました。「ハゲー!」の人ね(笑)。

こういう人達を見ると、本当に「社会的な評価」や「名誉」を手に入れることが、人間として幸せなことなのかと疑問に思えてきます。

彼らに限らず、ほとんどの人は、お金や名誉、周囲からの高い評価が自分の幸せを「保証」してくれるものだと考えています。
自分が稼いだ金額、職業、所有している物などで、自分の幸せが「数値化できる」とさえ感じているのかもしれません。
つまり、人間は何としても人から「認められたい」と思っていて、それが自分の「幸せ」をさらに強化してくれるものだと信じて疑わないのですね。

でも、それらの最高の栄誉を得た人たちも、一皮向けば人間的に薄っぺらく、下品で、卑劣で、不安な心をいつも抱えているのを誤魔化しながら辛うじて生きているのは、先ほどの例を見るまでもなく明らかです。

結局、彼らは「自分の心の一番奥深くにある願望」を見つけることができずに、偽りの自分を本当の自分と勘違いしたまま生きてきたのです。

ちょっと上から目線で鼻につく書き方になっちゃいましたね(笑)。
じゃあ、もっとフランクな感じで話しましょう。

何で大学行ったの?勉強が好きだからでしょうか?大学は本来、高度な勉強をしたい人だけが行くものなので、まさか「就職に有利な肩書きが欲しいから」じゃないですよね?だったら動機の段階から大幅に間違っていますよ。
何で就職したいの?何かしたい仕事でもあるの?
わざわざ競争の激しい「人気ランキング上位企業」を受けるのはなぜ?みんなが誉めてくれそうだから?それとも給料が高いから?
昔は人気ナンバーワンだった電通も今では立派なブラック企業扱いですが、そのランキングは本当に正しいのかな?
はいはい、すべて馬鹿馬鹿しい考え方です。自分の中に「独自の価値観」がないからこそ、「世間的な価値」を求めているだけですよね?

本当の自分を知ることもなく、自分と他人を比べて「あの人よりは私の方がレベルが高い」なんて考え方をしていると、本当の自己を忘れ、偽りの自己が表面に出てきてしまいます。
このような状態をインド哲学では「アヴィディア」と呼びます。日本語にすると「真の知識の欠如」となります。
仏教では、苦しみの根本原因は「真理に無知であること」と断言します。本当にやりたいことが見つかってさえいないのに、いったい何に向かって必死に努力しているんですか?

もちろん、世間的な価値を追うことは必ずしも悪ではありません。問題は、あまりにも他人の承認、管理、安定、権力の獲得に夢中になりすぎて、それを失った途端に慌てふためいて、「常軌を逸した行動」に出てしまうことです。

前川喜平があれほど攻撃的になったのは、手中にしていたはずの権力を失ったからです。エゴに支配されている人間は一種の中毒症状を示し、最初のうちはその状態に快感さえ覚えます。
「自分が状況をコントロールし、他の人間を従えている」「誰も自分に逆らわないから安心していられる」というような感情です。
ところがこれを一度失うと、まるで薬物中毒者のように猛烈な猜疑心と恐怖心に襲われ、エゴが激しく傷ついてしまうのです。彼の場合はそれが「他人への復讐心」という形で表れたのですね。
本当の人生を捨ててまで手に入れた「権力」を失ったのですから、それを奪った人間は許せない・・・ということでしょう。
これは「使命」を生きている人間には絶対に湧いてこない醜い感情です。

これは松居一代も同じですね。
この世には移り変わらないものなど何もなく、それは人の心も同じです。それなのに、他人に「生涯不変の愛情」を強要し、それが叶えられないとなれば、激しく攻撃に転じるやり方は、まさにエゴそのものです。少しきつい言い方をすれば、初めから松井一代は「真実の愛」など持っていなかったのです。
「自分と子供を守ってくれる優しい夫」という理想像を相手に無理やり投影し、相手を「自由意志を持った生身の人間」などとは思っていなかったのでしょう。投影は決して愛ではありません。

まず理解すべきことは、エゴが人に歩ませようとしている道は「間違った道」であるということです。
「自分は本当は何がしたくてこの世に生まれてきたのか」を知らなければ、このエゴを乗り越えることはできません。

もし生まれる前に、何か「神様と約束したことがある」と仮定するならば、それは「いい大学に入って、一流企業に勤め、金持ちになること」だったのでしょうか?そんなつまらないことを神様の前で宣言して生まれてくる人はいませんよ(笑)。そんなことを言われたら、神様も「苦笑い」しか出てこないでしょうね。

自分の本当の「使命」を自覚していない人は、精神的にはまだ幼稚園児に等しい存在です。
どんなにお金を持っていても、社会的なステータスを持っていたとしても、心は脆く、不安に満ち、いつ爆発してしまうかも分からないような不安定な状態なのです。

「使命」なんて言うと、宗教くさいのであまり使いたくはないのですが、要するに「本当の願い」のことです。何の願いもなければ、私達の魂はこの世界に下りてくることはできませんでした。
つまり、魂を「願い」という包み紙でラッピングしないと、私達はこの世界に「フォールダウン」することができないのです。たった一つの願いが、私達の体を構成し、支え、呼吸させているのです。その願いを果たせないならば、生きている意味すらありません。
そしてその願いは「探す」ものではありません。思い出すだけでいいのです。
私たちが今、こうして生きていることが、「何か特別な願いを持っていた」ことの何よりも証拠なのですから。

画像



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 15
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス
驚いた
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
真実の願いを 霊性と情熱のあいだぐらい/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる