霊性と情熱のあいだぐらい

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zoom RSS 日常で感じる疑問

<<   作成日時 : 2016/07/11 20:49   >>

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たまに妻と二人で仙台に遊びに行くが、そこでよく見かけるのが、リクルートスーツに身を包んだ学生たち。
みんな同じ髪型、同じ黒っぽい服装で、ぞろぞろと駅の階段を駆け降りて来る。
私は、ちゃんとした就職活動をしたことがないのだが、どうしても、このリクルート集団を見るとがっかりした気分になる。
個性を殺し、茶色かった髪も黒く染め、みんなと同じ格好をし、これから企業の採用担当者に媚を売るのだろう。「私はすべての個性を捨てて、御社の色に染まります」って感じで。
量産型のザクだって、彼らよりは個性的だ。そこまでして「企業」に勤めるというのは魅力的なことなのだろうか?
就職というのは、私は一種の奴隷契約だと思っている。
お金と引き換えに、自分の自由な時間を売り渡す行為なのだから。もちろん、本当の奴隷とは違い「辞める権利」は持っている。
しかし、占星術師の立場から言えば、世の中には「他人に使われることに向いていない人」はたくさんいる。それなのに、日本人のほとんどは「企業」に雇われ、その下働きだ。
どれほどの人が自分を殺し、不本意な人生を送っているのだろうか・・・。

最近は、昼間、家でレポートを書いていることが多いのだが、昼の2時になると、近所の奥様方が、炎天下で突っ立ったまま井戸端会議を始める。これがまたうるさい(笑)。
まあ、それはいいのだが、毎日毎日、炎天下で突っ立って、3時間も、つまらない世間話を続ける彼女たちにとって、「生きる」とは何なのだろうか?と聞きたくなる。
彼女たちが子供を生み、育てているのは大変立派だが、それで、人生のすべての義務を果たしたような顔をして、毎日3時間も、毒にも薬にもならないような世間話をしているのは、「充実した人生」と呼べるのだろうか?

別の日には、家の前の道路を、ヘルメットを被ったオジサン達がが草刈をしていた。
作業は午前ですべて終わったはずなのだが、なぜか、午後にも「同じ場所」を草刈し始めたのだ。もちろん、すでに短くなった草を無理にもう一度刈ろうとするから、チュインチュインと不自然な音が道路に響く。
実は、彼らは市に雇われた「臨時職員」なのだ。時間給で働いているのだから、仕事が終わっても帰れない。仕方なく「時間つぶし」のために、同じところをもう一回草刈しているというわけだ。
・・・・彼らにとって「働く」とは何なのか?ただ、時間をつぶしていればお金がもらえるのだから、無意味な作業でも、疑問を持たずに続けられるのか。
彼らにとっての「人生」とは何だ?

新聞の求人広告に書いてある、あのセリフ。「誰にでもできる簡単なお仕事です」・・・うわぁ、何と人間の尊厳を傷つける言葉だろう。
別に自分じゃなくてもできるような仕事。「誰にでもできる」仕事を敢えて選ぶ人の「セルフイメージ」はどんなものだろう。
誰もが、天から特別な「ギフト」を与えられているのに、生活のため、安定のため、子供のために、「誰にでもできる仕事」しなくてはならない人の心の痛みを感じないだろうか。

そういう私も、子供がいれば、そんな「お金のためだけの仕事」を選んでいたのかもしれない。子供さえ育てていれば、まるで自分が生まれてきた意味を果たしたような錯覚に陥っていたかもしれない。
でも、違うよ。子供を言い訳にして、自分の夢を見つける努力を放棄した大人を、運命は助けてはくれない。
子供に向かって「俺のようになるな」と言いながら、高い教育を受けさせようとする父親がいるが、恥ずかしいことだと思う。自分の生き様を子供に見せることこそが、本当の教育ではないのか?
夢を放棄した大人が、子供に「一流大学の看板さえ背負えば、人生うまく行くはずだ」と教え込んでいることほど、恥ずかしい教育は他にない。

自分が天から与えられた才能を生かして「真実の人生」を生きることを、インドでは「ダルマを生きる」と言う。
条件はたった二つだけ。
@自分独自の才能を使うこと。
Aその活動が、誰か他の人の役に立つこと。

たったこれだけ。この条件さえクリアすれば、後は運命が援助してくれる。大学の看板や、企業の肩書きが人を救うわけじゃない。
「ダルマを生きる」ことだけが、本当に充実した人生を保証してくれるのだ。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
再びコメント失礼します。
スイレンさんは過激ですねー^ ^
だからこそ刺激を受けて色々と思うところがあり面白いのですが。私はおば様達が熱中症にならないか心配ですよ(家の近くで倒れられるのは面倒という意味も含めて)

考える、とは人間にとってとても面倒な事なのだと思います。だからこそ人間は考える事のない、より楽な方へ流れますよね。おそらく考えるとは多くのエネルギーを使うのでしょう。それ故に多くの人は色々な事において考える事を放棄します。就活なんかは顕著なのかもしれませんね(みんながそうしてるからそうする、的な)
それが合っているのか、と考え続ける事が出来るのはそれ自体が才能なんじゃないかなと思いました。楽な方への流れを自ら抗うのはたいへんエネルギーが要る事だと思うので。
自問自答が多いとか懐疑的に考えられる人ってたぶん9室が目立つんじゃないかなー、とか思うんですが、西洋占星術だとどう出るんでしょう?ちなみに私はインド占星術で見ると良くも悪くも9室えらい事になってるんですよねぇ…^ ^;

また長々とすみません
コメント長すぎるのも迷惑だろうと短く簡潔にとは思っているんですが、短くし過ぎると余計上手く伝わらないというジレンマ…
何卒、ご容赦ください
沢田
2016/07/12 20:00
こんにちは、沢田さん。

哲学的思想は、西洋占星術でも9室担当ですね。
私は9室に木星と月があります。・・・・うわぁ、いかにも面倒くさそうです(笑)。
本当はもっと過激なことを書きたいのです。毎日パチンコばっかりやってる奴は何なんだ、とか、スマホゲームで「暇つぶし」している人に人生哲学ってあるのか?とか(笑)。
私の場合、「暇」だと感じたことがなく、「暇つぶし」という言葉自体がかなり謎なので、スマホゲームのCMがかなり苦手です。
スイレン
2016/07/14 08:35
いとこさんはどうなったのですか。
H子
2016/07/14 12:29
コメントに返信するときりがないのでしない方が良いのかなと思ったのですが、ちょっと笑わせて頂いたので

本当はもっと過激なんですね?確かにそんな気がします ( 笑
スイレンさんの情熱が向かうところなんだなぁと、エネルギーにふれている感じがしますね。

私もあの手のCMは苦手なんですが、なにぶん商学部の出のものですから、
あー、上手くやるよねぇ。資本主義の主食はさしずめ人間の欲だな。
とか思いながら見ちゃうんですよね^ ^;
欲を食って経済は大きく成長しているので、持て余してる人は餌になりやすいというか何というか…
自分のエネルギーは自分で折り合いつけたいですね!
沢田
2016/07/15 20:17

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