霊性と情熱のあいだぐらい

アクセスカウンタ

zoom RSS 逆転の発想

<<   作成日時 : 2012/09/14 21:11   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 39 / トラックバック 0 / コメント 0

フランクルの提唱するロゴセラピーの核心部分は次の言葉に集約される。
「人間が人生の意味は何かと問う前に、人生のほうが人間に問いを発してきている。」
つまり、人間は人生の意味を考える必要はないというのである。考えなくても、その人が「生きる意味」は最初から与えられている。そして、その意味を実現するために常に人生から問いかけられている存在なのだ。
これはとても衝撃的な考え方だ。でも、私はこれまで20年以上にも渡って悩み続けていたことに一つの回答を得たような気がする。
私は学生時代から精神世界について学び始めた。ほとんどの人がそうであるように、将来に対する希望と不安を抱えていた私は「イメージすればすべては実現する」というような自己啓発系の本を読むことから始めた。
しかし、同時並行で仏教も学び始めた。仏教では「欲を捨てろ」と教える。しかし、自己実現とはすなわち「欲の追求」である。仏教と自己実現系の哲学には明らかに違いがある。しかしながら、自己実現系の本には「仏典に書いてある」とか「聖書に出てくる『求めよ、さらば与えられん』という言葉は強くイメージすることについて説いているのだ」などと説明している。多くを学んだ今ならわかるが、、それは全くの嘘っぱちだ。
さらに私は占星術の研究も始めた。17年前のことだ。ホロスコープを描いてみて分かるのは、確かに占いの結果と個人の現状には類似点が多いということだ。もちろん、完璧に合っている訳ではないが、お金持ちの人はそのようなホロスコープだし、病気を持っている人はやはり、その様なホロスコープになっている。
確率の法則を明らかに越える占いと人生との一致は私をさらに悩ませた。
結局、人の強い意志があれば自由に運命を操れるのか、それとも、すべては決められているのか。夢(欲)を持つことは悪なのか、善なのか。
そして8年ほど前に、これまでの研究結果を発表するつもりでブログを立ち上げた。タイトルは『運命と自由意思』。すでにそのブログは閉鎖しているが、その頃の読者もまだ何人か残っていらっしゃる。タイトルどおり、私の最大の疑問は「運命なのか、それとも自由意思なのか」だった。
その頃の私は、どちらかと言えば、自己実現系のほうに肩入れしていたと思う。
それが揺らいだのは6年前のこと。妻と初めて出会ったのは東京であるが、私は宮城県石巻市在住、妻は西日本の人だ。二人が始めて会った日をホロスコープで見ると、パラスという精神的愛情を表す星が、二人の特定の天体と重なっていたことが分かった。専門的な話は省くが、全くの誤差なしでその星が重なるのは人生でたったの4日間(連続した4日間)しかない。私たちが出会ったのはまさにその一日目だったのだ。
さらに二人の特定の天体が進行する経路を世界地図上に描くリロケーションという手法があるが、私と妻の天体の進路が交差するのは東京上空。正確には東京恵比寿で重なるのだ。日本国内で二人の天体が交差するのはここ一箇所しかない。私たち二人の目的地は、その日、恵比寿で行われた写真展だった・・・・。
もちろん、これは意図的にやったことではない。相手のことを知らないのだから、相手のホロスコープと交差する場所や日付など、事前に分かるはずがないのだ。
日時や場所のあまりの正確さ。確率的には絶対に起こりえない偶然。さらに私のホロスコープには、妻となる女性には「慢性の病気があること」「非常に遠い場所に住んでいる人」であることも記されていた。
結局はすべて決められているのか?それとも、自由意思の入る余地はあるのか?
悩み続けながらも、昨年1月に「運命に記されたとおりに」結婚。
そして2ヵ月後の東日本大震災。おびただしい数の人々の死を目の当たりにして、私は確信を持つようになった。
運命はある、と。
「強くイメージして、細かい部分まで想像し、それが現実だと感じられるようになったら、それは実現する」
自己実現系の本で説かれている手法だ。しかし、これは全くの逆なのだ。
確かに、社会的に成功した人は自分の未来の明確なイメージを持っていたのだろう。しかし、それは「イメージしたから実現した」のではなく、「もともと社会的に成功する運命を持っていたから細かい部分まで想像することができたし、現実だと感じられた」のだ。
つまり、イメージが実現したのではなく、自分の未来を予知していた、あるいは「未来の記憶」を見ていたとも言える。
人は過去の記憶と同じように、未来についても知っていて記憶している。
マドンナは貧しい頃から自分が世界的スターになったところを想像していたと言われるが、それが実は想像ではなく、未来の記憶だったとしたらどうだろう?
成功者はなぜ自分が成功したのか、本当のところは分かっていない。彼らは自分が成功することを無意識的に「知っていた」。だからこそ、詳細に未来をイメージ出来たし、努力も惜しまなかった。イメージが実現したのではない。
そう考えると、すべて辻褄が合うように思えてきた。
仏教において「自分が受け取るにふさわしいカルマを持っているものしか受け取れない」という考え方がある。自分が総理大臣になるとイメージしても、自分がそれにふさわしいカルマを持っていなければ、そのイメージを心から信じることは出来ない、そうですよね?逆に言えば、心から信じることが出来るものは実現する。信じることが出来るのは、それが必ず手に入る運命だと「知っている」からだ。
だから社会的成功者の本を読んでもあなたには役に立たない。あなたは彼らではないから。彼らとは違う役目を与えられて生まれてきているのだから。

フランクルはこう言います。
「求めるな。求めることをやめれば幸せはやってくる」
意味はすでに与えられている。今がどんな現状にあろうとも、そこには意味があって、私たちがどのような反応をするか試されている。自己実現系の悪いところは現状の自分を否定し、「別な人間になろう」とするところにある。
今の自分がどんなにダメでも、それには意味があって、受け入れるべきなのだ。

画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 39
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
逆転の発想 霊性と情熱のあいだぐらい/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる