霊性と情熱のあいだぐらい

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zoom RSS アラン・コーエン

<<   作成日時 : 2011/08/22 11:50   >>

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アラン・コーエンの新刊本「大震災のメッセージ」を読んだ。
従来のスピリチュアル系の人々と同じく、この大震災は「学び」であるという。ただ、他の人と違って、彼の行動には賞賛すべきところがあり、だからこそ、そのメッセージには真実味がある。
大震災後、日本に滞在していた多くの外国人が日本から脱出した。日本のスピリチュアルや宗教関係者の中にも、原発の影響を恐れて海外に逃げ出した人は多い。そんな中、アランは震災2週間目にハワイから来日した。周りからの反対も多かったそうだが、「物質的な援助をしている人はたくさんいるが、自分は精神的な援助ができる」として、来日を決断したそうだ。長年にわたり、精神世界の教えを説いてきた人間としての誇りもあったのだろう。
口では立派なことを言っても、イザとなったら何もしなかった日本のスピリチュアルリーダーたちとは大きな違いがある。

彼の主張はやはり「学び」だということ。
「すべての出来事は、私たちが賢く活用すれば、最終的には私たちや社会の役に立つ可能性がある」
この信念のもとに主張が展開されていく。
恐らくはそれが正しいのだろう。震災以後、多くの日本人の考えは変わった。家族の絆が見直され、結婚するカップルが増えた。危険な原子力ではなく、再生可能な自然エネルギーへの転換は一気に加速するだろう。
復興が進めば、震災以前より、もっとずっと住みやすい日本になるかもしれない。
・・・・・しかし、生き残った人間にとっては「学び」であったかもしれないが、死んだ人間にとってどんな意味があったかについては、この本の中で触れられていない。
財産や仕事を失っただけの人なら「これは学びである」という意見に賛同するかもしれない。今は苦しくても、より良い未来を信じられるかもしれない。
だが、家族を失った人たちが「学び」などという言葉で納得するだろうか?死んでしまった2万人以上の人は死の瞬間何かを学んだだろうか?仮に学んだとして、その学びはどこで活かされるだろう?あの世か?それとも来世?
画像


アランの主張は正しいが、「学び」という言葉だけでは被災者たちを納得させることはできない。
彼の本や講演によって多くの人が癒され救われるだろう。しかし、私のようなヒネクレ者は、どこか釈然としない気持ちを持ち続けてしまうのだ。
千年に一度の大災害が、なぜ自分のところに来てしまったのか?そんな気持ちを被災者たちは持ち続けている。
アランは素晴らしい人物だが、神や運命にまで不信感を持っているわれわれ被災者の魂まで揺さぶることはできない。
彼には見えていて、我々には見えていない何かがあるのかもしれない。
答えを見つけるために、震災以来一度も行っていなかった「瞑想」を5ヶ月ぶりに再開する。そう言えば、最初に読んだアラン・コーエンの著作のタイトルは『人生の答えはいつも私の中にある』だったな。答えを求めて、自分の中に潜ってみよう。




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2011/08/22 12:06

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
スイレン様
はじめまして。
一年余り前にスイレンさんのブログを知り、スピリチュアルについて興味を持ちました。
このたびの東日本大震災で大変な被害に遭われましたこと、心よりお見舞い申し上げます。
自分は広島に住み不自由なく平穏に暮らしておりますが、とても申し訳ないと思っています。せめて被災された方々を少しでも支えることができたらと、自分の出来ることに取り組んでいます。

私も「大震災のメッセージ」を読みました。
亡くなられた方々や被災された方々、そして傍観する自分に一体どんな霊的意味があるのか。被災者を救う霊的教えは本当にあるのか、あるならどんな教えなのか知りたくて仕方がありません。

浅野信さんが主宰される「浅野総合研究所」(http://www.asanosouken.co/)に東日本大震災についてのリーディング記事が掲載されています。
そのなかで、この出来事は残された者にとって、やはり「学び」とのことですが、亡くなられた方々は自ら犠牲になられたと同時に、この世の学びや対処から免れ、開放されたのだそうです。もしよろしければ、次のURLをご参照ください。
http://ari-akashicreading.blogspot.com/2011_04_01_archive.html

スイレンさんは、このような考え方をどう思われますか?
お返事いただなくても構いません。既にご存知でしたらご容赦ください。

日々の生活を最優先にしていただき、一日でも早く元の営みを取り戻されることを、お祈りいたしております。
フリオ
2011/08/30 20:21
フリオさん、こんにちは。
浅野信さんに関しては数年前に『前世』という本を読んだことがあります。内容ははっきり覚えていませんが、あまり納得できなかったように記憶しております。
「開放された」という考え方にも賛同はしかねます。誰もがこの世に目的を持って生まれてきています。わざわざ望んでこの苦労の多い世界に転生してきたのに、志半ばで命を落とすことはやはり悲劇であると私は考えます。
また「神様から試されている」との考え方にも疑問を感じます。神は人を試したりはしないし、誰か特定に人物を救世主に選んだりもしません。
スイレン
2011/09/01 16:50
津波で流された人の遺体をみたことがおありでしょうか?
手足がちぎれ、顔はむくみ、家族ですら身元の確認が困難な状態です。
これが神の意思によってなされたことであるなら、多くの人は信仰を捨てることでしょう。
「自らを犠牲に捧げる」などとは、キリスト教的な発想です。カルマは他人が肩代わりできるものではありません。キリストが十字架上で死ぬことによって人類の罪を贖ったなどとは、仏教的にはありえない考え方です。浅野氏は仏教を学んだといいながら、根本的な考え方はキリスト教に偏りがあります。
『命を捧げてくださったすべての存在に、心よりの感謝を申し上げます』このセリフこそが我々被災者を苛立たせます。浅野氏の意見はオカルトの域を出るものではないと思われます。
フリオさん、情報ありがとうございました。それでも、あの悲劇に何らかの意味を見出そうとしている浅野氏のような方々がいることには感謝したいと思っています。
スイレン
2011/09/01 17:03
お返事ありがとうございました。
多くの日本人が亡くなられた方々の無念を思い、その思いが行動を産み大きな流れとなって、日本が変わっていくことを期待しながら、微力ながら自分もそこに加わって、大震災の意味を追い続けたいと思います。
フリオ
2011/09/03 17:36
journeys beyond life(arvin gibson著)の「a lesson in pain」と言う章に生まれてからずっと嚢胞性線維症と言う難病患者が臨死体験した事例が書かれています。彼は光に出会います。光はyou are here because you have earned the right to be here based on what you did on earth.the pain you have suffered qualified you to be here.you have suffered as much pain in 37 years as a normal person might have suffered in 87 years,このあと光は、you chose your disease and the amount of pain you would be willing to suffer before this life-when you were in a premortal state.it was your choice.その後、驚いた彼を光は過去の死後の世界の教室に移動させられました。そこで教師がyou can learn lessons one of two ways.you can move through life slowly,and have certain experiences,or there are ways that you can learn the lessons very quickly through pain and disease.教師は黒板に嚢胞性線維症と書き、彼は手を挙げている自分を見たのです。
kenji
2013/02/05 18:06
初めまして。福島在住の者です。

山川亜希子検索でここにきました。
共感したものがたくさんあったので失礼ながらコメントさせて下さいね。

私はアラン・コーエンさんやディーバップ・チョプラさんを主に愛読していますが、「大震災のメッセージ」は未だに読めずにいます。

2011年の夏、スピリチャル@@会(以前は、心の@@)に
「どう向き合うべきか?」スピリチャルからみた震災を聞きました。
お返事には、
「シルバーバーチのいう真理を武器に生きること」
「埼玉での読書会にきませんか」
というものでした……

シルバーバーチの言わんとすることも分かりますが、当時は、落胆と幻滅と拒絶で、この会から離れてしまいました。

今でも大震災の意味はわかりません。原発が人災だったとも思えず、人の数だけ意味があるのだし、むしろ、神とか災害とかの意味を知ろうとする必要はないのだと考えるようになりました。

分かっているのは、庭先にブルーシートで被われた汚染土があるというだけ。
子供たちが意味のない癌検診をされ続けていることだけ。
そして、大震災で全てを失い、人生が変わったとしても、神や自然界への思いは変わることないのだと教えられました。
失ったようにみえても、心の中にあるものは何も失っていなかったんです。

5年経った今、どのようにお考えになられていますか?


それとは別に
日本は震災前より堕ちたようにみえます。
スピリチャルや精神世界に携わっている方達は、ここぞとばかりに、依存させお金をむしとるばかりで、自慰の道を歩ませるばかりです。
我よしの「引寄せの法則」や、チャネラーもどきがたくさん増えたのも危惧するところです。

長々と申し訳ございません。
通りすがりの者です
2016/09/23 22:45

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