霊性と情熱のあいだぐらい

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<<   作成日時 : 2011/03/29 19:37   >>

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これも前回の続きです。
水没した街を歩いて市役所まで行ったが、妻は発見できず。
津波から3日目の午後1時。何とか車のところまでたどり着いて胴長を脱ぐ。あちこち穴が空いていたのだろう。ズボンがずぶ濡れだった。貴重な時間を無駄にした。ケータイさえ通じていればこんなことには・・・・。
疲れていたが、すぐに車を走らせた。妻もずぶ濡れで家に向かって歩いているかもしれない。
噂では北上大橋や日和大橋は崩落しているという。市内に取り残されている人には脱出ルートさえ存在しない。もし妻が日和山に逃げたとしても、日和山の周囲は360度すべて水没している。逃げ道はない。
考えられるのは、日和山の避難所に身を寄せているか、私のように水の中を歩いて国道に出たかのどちらかだ。
家まで帰る最短ルートは三陸自動車道だが、今は緊急車両専用道路として通行止めになっていた。
・・・・もし私なら、それでも三陸自動車道を歩くだろう。道路自体が土手になっていて津波の心配はないし、何よりも結婚してから一番利用度の高い道路だ。
渋滞している国道を避けて、あけぼの通りに出る。驚くほどのたくさんの人間が水や食料を求めて街中をさまよっていた。ガソリンスタンドにも多数の車が並んでいたが、営業はしていない。子供を背負った母親も目立つ。飲料水がなくてはミルクが作れない。給水車も出ているが、あまりにも行列が長い。ドラッグストアには「ミルクと水はありません」との大きな張り紙。みんな完全に難民化している。私もその一人なのだろう。
何とか三陸自動車道が見えるポイントを走行したが、あちこち通行止めで何度も迂回を余儀なくされた。高速道路上を歩いている人はひとりも見つけられなかった。
家に到着。もし、妻が帰っていなかったらすぐに避難所回りをしよう。
部屋のドアを開ける。地震以来、ほとんど部屋の中は片付けていないはずなのに、ぬいぐるみが綺麗に並べてあった。・・・・・・・帰ってたのか。がっくりと力が抜けてその場に倒れこむ。それに気がついて奥から妻が走ってきた。
「スイレンさーん。良かった、帰ってきたー!」
倒れている私の上に覆いかぶさる。苦しい。重い。無意味なことに命を懸けてしまった。
妻は、やはり日和山に向かったのだそうな。そこから大街道というところから車をヒッチハイクして脱出したらしい。
ラジオで、大街道は非常に被害が大きく、完全に水没していると放送されていたので私は気がつかなかったのだが、3日目の時点で水深は30センチ程度まで低下していたそうな。一緒に市役所を脱出した仲間と共に、泥水の中を無理やり走行する命知らずな車をヒッチハイクしたという。
帰って来たらスイレンさんがいない!と言うわけで、私がどこかで溺れて死んだんじゃないかと思っていたそうな。
情報不足と通信手段がないことによるすれ違い。
私としては白けた気分の再会となったが、とにかく無事でよかった。
無事を確認できたところで、私はすぐに胴長を返すために車に乗り込んだ。感動の再会はわずか3分。
これを貸してくれた釣り吉にも助けたい人がいるのだ。
10分ほどで到着したが、すでにその釣り吉は出かけた後だった。奥さんによると、(奥さんの)実家に安否確認に向かったのだと言う。場所は渡波。海のすぐそばだ。胴長程度では絶対に近づけないだろう。
奥さんに丁重に礼を言い、その場を離れた。今、この瞬間も命の危機にさらされている人がいる。
この日の夕方から、地元の消防団と合流し、炊き出し、支援物資の運搬、交通整理、傾いた家屋の取り壊し、避難所の準備に奔走することになった。
消防団員も多くが、家が壊れたり、身内が行方不明だったり、食料もガソリンもなく、職場が流され無収入となっていた。被災者が被災者を支援するという体制が続き、日に日に疲弊していくこととなる。

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