霊性と情熱のあいだぐらい

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zoom RSS 生き残りを賭けて

<<   作成日時 : 2011/03/27 20:03   >>

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 4

またまた前回の続きです。
なんとか水没した線路上を歩いて、市役所前の駐車場に到達した。新型プリウスが水没している。塩水に浸かったんじゃ電気系統はダメだろう。
「一時間まで駐車料金無料」と書かれた看板を見つけた。そうだったのか、有料だと思って遠くに停めてたんだが、今度からこの駐車場を利用しよう。考えながらオカシクなってきた。「次」なんてあるのだろうか?こんな状態で、石巻はまた人の住める街になる可能性はあるのだろうか?
自衛隊のデカイ・ヘリコプターが民家の屋根の近くまで降下し始めた。いよいよ、救助作業が始まるのか。
こんな間近で人命救助が見られるんだから、普段ならゆっくりしたいところだが、今はその余裕はない。

市役所の立体駐車場の入り口に到達。階段を上る。胴長の左足部分に穴が空いていたらしく、水が入って足が重い。
駐車場の窓からヘリを見物している市の職員らしき人を発見。
「外から歩いて来たのですが、避難民はどこにいるんでしょうか?」
「え・・・?ああ、2階と3階に避難しています。こちらへどうぞ」
奥の部屋に通される。
市役所は自家発電装置があるはずだが、節電のためか中は薄暗い。
「あそこに避難者の名簿がありますので」
掲示板に張られた名簿を見る。あった!確かに妻の名前。

大声を出して呼ぼうかと思ったが、あまりにも重苦しい雰囲気なので遠慮した。
避難している人たちは長椅子に寝転がったりテレビを見たりして過ごしていたが、明らかに空気が悪い。特に老人は苦しそうな表情を浮かべている。
たぶん、まる2日間、食事をとっていないのだろう。
一階にあった食料品店が完全に水没しているのは確認済み。
職員らしき人たちにいろいろ聞いてみたが、反応が悪い。何を聞いても「はぁ・・」とか「さぁ?」しか返ってこない。
栄養が足りないと人間、ここまでダメになるものか。
本来だったら、ここは災害対策本部が置かれる場所のはずなのに。(今は水没地区の難民となっているが)
職員の疲労の色が濃い。人に頼らず、自力で妻を捜す。2階から6階まで、すべて探したが見つからない。

2階に「保護課」という部署があったので聞いてみた。
「家族を捜しているんです。名簿に名前があったんですが見つかりません」
「もしかして、自力で脱出したかもしれませんね〜」
「えぇ!?」
「待ってください。出る人には名前を書いてもらってますので」
妻の名前を告げて、しばし待つ。
「あ、ありました。外出者名簿に名前がありましたよ」
「どうやって出たんです?この水の中を歩いてですか?」
「さぁ?」
「何時ごろですか?」
「さぁ?」
「戻ってくるんでしょうか?」
「判りかねます」
「・・・・・・」

突然の災害で動揺しているのは分かる。食事もとっていなくて疲れているのは分かる。それでも、敢えて言わせてもらえば、避難者の管理がズサンだ。
私はそこに座り込んだ。どこに行ったんだよ。何の装備もなしに歩いていけるほど甘い状況じゃないぞ。薬の残りがなくて焦ったか?
とにかくすぐに戻ろう。ずぶぬれの状態でどこかを歩いているかもしれない。家まで歩いて帰るつもりなら、どこかで追いつけるはずだ。

私は急いで市役所を出た。喉が乾く。筋肉が痛い。息が切れて胸が苦しい。
すると外で不思議なものを見つけた。
市役所の裏手に、椅子と机と材木で作った橋ができていた。どこまで続いているかは知らないが、この2日間、避難民も生き残るために必死で戦っていたことがうかがえる。(あとで知ったのだが、この橋は近隣住民と市役所に避難した人が共同で作ったもので日和山まで続いたいたらしい)
妻もこの橋を渡ったのだろうか?確認する方法はない。
とにかく私は、また線路を歩いて戻ることにした(少なくともこれが脱出の最短ルートではある)
国道側から駅側に向けて歩いてくる人、3人とすれ違った。みんな家族の安否を確認するために歩いて来たのだと言う。信号機の陥没箇所を教えておいた。本当にみんな必死なんだ。私と同じように、家族を捜している人たちが、今、日本中に何十万人もいる。
最終的な犠牲者や行方不明者は何人になるかは分からないが、その一人ひとりに人生があり、その一人ひとりに大切な家族や、親戚や、友人がいる。
ようやく水没地帯から抜け出し、私は線路の上に倒れこんだ。
私が無事に戻ってきたのを見て、水際で様子をうかがっていた人たち数人が水の中へ歩き始めた。中には、雨合羽をガムテープでぐるぐる巻いただけの人もいる。あれで無事に戻ってくるとは思えないが。
水没地帯から、発泡スチロールや材木で作ったイカダで脱出してくる人も見えた。頭に荷物を結び付けて泳いでくる女性もいた。みんな命の瀬戸際で必死に戦っていた。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
初めまして(^^)
いつもブログ楽しみに見ています。

私は静岡の
東海地震が予想される震源地に
近い地域に住んでいます
勤務地が海の目の前なので
きっと同じものが来たら
まず勤務先の人命救助にあたらなくてはならないので
逃げる余裕もなくきっと終わる命かと思うと
足がガクガクして
ずっと人ごとでないと
必死に毎日ニュースを見ていました

スイレンさん、大変な中ブログの書き込みありがとうございます

私に出来る事はほんの些細な事でしかありませんが
毎日を有り難く生活しています

避難出来たとしたら
どうすればよいか、勉強になります。
被災地から遠い私達こそ
冷静にならなくてはいけませんね。

また余裕ができたらで良いので
待ってますね。
ぴょん
2011/03/29 09:12
ぴょんさん、こんにちは。
石巻だけでも6万台の車が水没したそうですから、「津波が来る」と分かっていても逃げ切れなかったんだと思います。
復興まで気の遠くなるような長い道のりですが、がんばっていきます。
スイレン
2011/03/29 17:46
始めまして。
大崎市に住んでる者です。
石巻へは毎週行っていたので、記事を読んでいてなんとなく情景が
浮かびます。あの街並みが一瞬の間に・・・。
記事を読むたび涙がでてきます。
いとこの車も石巻で流されました。
お友達も市役所のすぐ隣の洋食屋さんで働いています。
ライフラインが復活してから、自宅はおばあさんに頼み、
すぐに職場の片付けに行っていたとメールで聞きました。
みんな大変な思いをしながらも、助け合い、
少しずつ復興に向けて歩んでいるのですね。
たやすく頑張ってとは言えませんが、共に進んでいきましょう!
りお
2011/03/31 11:34
こんちには、りおさん。
おととい、市役所周辺を車で回ってみましたが、乾いた泥が風で舞い上がってひどい状態でした。まるで東南アジアの農村地帯のようです。どの家の前にも、ゴミや畳が山積みになっています。
それでもあの辺は冠水しただけで全壊した建物は少ないので運がいいほうかもしれません。
日和山よりも海に近い地区は鉄筋の建物以外何も残っていませんでした。
復興までの道のりは本当に遠いのだと思い知らされました。それでも何とかお互いにがんばっていきましょう。
スイレン
2011/04/01 13:04

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