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zoom RSS 因果応報のシステム

<<   作成日時 : 2009/11/14 16:53   >>

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婚活詐欺・連続不審死事件の犯人の写真が未だにテレビで公開されない。これは警察側からテレビ局に、「殺人容疑で逮捕されない限り、写真を公開しないように」との通達があったためだという。
ところが、詐欺罪で逮捕されてからかなり時間がたつのに、未だに殺人での逮捕はない。状況証拠ばかりで物的証拠がなく、本人が容疑を否認しているためだというが、まわりでこれだけ練炭と睡眠薬による死亡事件が相次ぎ、また、本人も練炭を大量に購入、睡眠薬も入手していることから考えて、「偶然」ということはありえないだろう。
それでも、これだけの大量殺人ですから、「認めたら即、死刑」は確実。どんな証拠を突きつけられても徹底否認する構えだと思われます。

しかし、因果応報(カルマ)はこの世界の根本をなすシステムです。この女がどんな言い逃れをしようと自分が行ったことに対する「反作用」は必ず受けねばなりません。
実際のところ、この女が犯した罪は一度死刑になった程度では到底返しきれないほど大きいものです。
今後、数百年、数千年の間、輪廻の輪の中で、繰り返し繰り返し理不尽な困難と遭遇することとなるでしょう。でも、理不尽に見えるものも、結局は「自分が発したものが時を越えて自分に返ってきたもの」にすぎません。
この女は2年間、偽りのセレブ生活を満喫するために、運命の世界における莫大な負債を背負ったんですから、なんと割に合わないことをしたのでしょうか・・・・。

カルマって言葉はイメージが悪くて「天罰」っぽい感じがしますが、本当は、「発したものが自分に返る」というシンプルで非常に美しく、すべての人にとって完全に平等なシステムです。
ところが、スピリチュアル系の本にさえ間違った解説が書かれているので、ここで分かりやすく説明しますね。

スピリチュアルの世界では有名な天外伺朗さんの本にはこう書かれています。
「電車の中で誰かに足を踏まれたとしたら、それは自分が過去に犯したひどいことのせいです。そこで足を踏んでしまった人は新たなカルマをつくってしまい、それが延々と続く」
天外さんはCDの開発に関わったり、ロボット犬アイボの生みだすなど、「日本の頭脳」とも言える人ですが、このカルマの説明は完全に間違っていますね。
電車の中で足を踏まれたとすると、確かにそれは何らかのカルマのリターンの可能性があります。妻を怒鳴りつけたカルマか、後輩イビリのカルマか・・・。しかし、踏んだ側が「過失」であった場合・・・つまり、何の悪意もなかったとしたら、それは新しいカルマを作りません。
例えば、強盗が入ってきて、自分の家族が襲われそうになっているとしましょう。そこで、とっさに手元にあったゴルフクラブで強盗を殴って殺してしまった・・・・これはカルマになるでしょうか?
なりません。他に方法がなかったのと、この人物は自分の損得のためではなく、家族を守るためにとっさに動いています。この強盗を苦しめてやろうなんて意図はありません。こういう場合、負のカルマは一切発生しません。
重要なのは、「心の動き」です。私利私欲のために他人を害したのでない限り、それはカルマにはなりません。
逆に、善意を持って誰かを助けたりすれば、それは善のカルマとなって自分に返ります。
創価学会の人たちは「天の蔵に徳を積む」とか言って活動をしていますが、仮にそれが社会的に有意義な行為だったとしても「あとで見返りがあるように・・・・」と願いながら活動しているわけですから、善のカルマとはなりません。
カルトのやることはことごとく無駄です。(むしろ折伏などという勧誘行為は迷惑でしかありません)。自分が「天の蔵」とやらに貯蓄(?)するために他人様の宗教を否定し、迷惑な勧誘をしているんですから、むしろ負のカルマとなる可能性が非常に高い。

よって、運命学の世界において「母親が子供に愛情を注いでいるときのような無私の愛」が最も良いカルマを創り、詐欺のように「私利私欲のために他人を害する行為」が最も悪いカルマを創ります。
そしてこのカルマのリターンは、すぐに返るわけではなく、「最もふさわしい時期」に確実に返って来ます。
たとえ世界一のお金持ちだろうが、大統領だろうが、このカルマのリターンを回避する方法はありません。
だからこそ、すべての人に平等な完全なシステムだと言えるのです。

婚活詐欺女がどんなに否認しようとも、「時期」がくれば、カルマの負債の返済を迫られます。もちろん、運命の世界においては自己破産も夜逃げも不可能です。死んだ人間の痛み、悔しさ、家族の悲しみ・・・・そのすべてを返すためには、一回の人生だけでは全く足りないでしょう。
キリスト教の神ならば、悔い改めるだけで許してくれるかもしれませんが、残念ながらこの世界は、徹底した自己責任を要求する芸術的なまでに美しい法則によって成り立っています。
塀の中で、未だに自己保身ばかり考えているような女ですから、悔い改めてなんていないでしょうけどね。この事件はほぼ間違いなく、裁判員制度の対象になると思います。同情の必要はない、頼むぞ裁判員。

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