霊性と情熱のあいだぐらい

アクセスカウンタ

zoom RSS 言葉の罠

<<   作成日時 : 2009/02/06 16:41   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

「人生に起きることはすべて魂の成長のために必然的に起きる」
これは、いわゆるスピリチュアル系の本に共通した主張である。ただ、いつも思うのだが、そういう本にはその主張の根拠のようなものが書いていない。なぜそう思うのか?そう思うようになったきっかけは何か?
ワシが知りたいのはまさにその部分なのだが、どうしても精神世界の本は、過程を無視してイキナリ結論をぶち上げ、「信じるものだけが救われる」みたいな書き方をする。
もちろん、それら先人の本を丸写ししているだけのマツコ・デラックス似のスピリチュアル・カウンセラーさんも本も同様だ。
ワシは非常に疑り深い。占星術の研究をしているが、占い師と呼ばれる人種が嫌いだし、仏教マニアだが、宗教家の大半は腐っていると思っている。

「魂の成長」と言うが、本来、全知全能の神の分身として生まれたはずの人間なのだから、その魂はもともと完全に近いもののはず。なぜ学びと成長が必要なのか?
ひどい人になると、平然と「魂のレベルが上がりました」などと言ってのける。レベル〜?
人生はファイナル・ファンタジーとかドラクエみたいな創りになってるんでしょうか?
これらの発言は新興宗教系の人間にも多い。
自分たちは魂のレベルが高くて、レベルの低い衆生を救わなくてはならない・・・・みたいなことを言って、こちらを哀れんだような目で見る。こちらが抗議すると、マゾヒスティックな笑いを浮かべ、まるで殉教者のような気分に浸っていやがる。
なんでワシが、現実逃避しちゃたおバカちゃんに同情されねばならぬのか?

この点に関して、インド人の考え方はシンプルだ。
この世は「神の戯れ(リーラ)」である・・・・と彼らは断言する。
神は完全であったが、どんなに完全な存在も孤独では意味がない。無人島でオシャレしても意味がないのと同じ理屈だ。
そこで神は「自分を認識するもの」として魂を創りだした。
これは神が考えた壮大なゲームに過ぎない。神から生まれた魂は「自分は神だった」ことを思い出すまで繰り返し繰り返し転生を続ける。思い出すだけでいい。ただし、知識として知るだけではなく、心からの実感としてそれを思い出さなければならない。
別にそれには修行もいらない。
魂のレベルを上げる必要もない。だいたいレベルって何よ?基準は何?
もちろんワシの話も怪しいと思ったほうがいいぞ。なんぜこの話のは根拠がない(笑)。

ちなみに占星学には根拠がある。
最初は古代の先人たちのインスピレーションによって創り上げられたものだが、1950年代、ゴークランという人物が、出生時間がはっきりしている5万人以上の人間の統計データによって星の配置と職業には関わりがあることを発見した。ゴークランは占星学を信じておらず、最初は占星学を否定するために調べ始めたのだから、このデータの信憑性は高いだろう。
ところが、「神から与えられた神秘の技を、統計学なぞと一緒にしおって!」と保守派の占星学者から徹底した嫌がらせを受け、ゴークランは自殺してしまった。占星学には根拠があると証明した恩人を、彼らは死に追いやってしまったのだ。

ついでに言うが、血液型性格診断は、大規模な統計学調査によって、「根拠なし」と証明されている。

画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 4
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス
かわいい

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
言葉の罠 霊性と情熱のあいだぐらい/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる