霊性と情熱のあいだぐらい

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<<   作成日時 : 2008/08/20 17:34   >>

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多くの宗教はつまるところ、すべて同じことを別々の言い回しで表現しているに過ぎない。
それは「自分の身に起きる出来事はすべて自分の責任だと考えろ」ということ。
ちょっと注意して呼んでもらえますか?「すべて自分の責任だ」ではなく「すべて自分の責任だと考えろ」です。
実際のところ、生まれついての不公平はある。
裕福な国に生まれるか、それとも貧しい国に生まれるか・・・・理解のある両親か、それとも飲んだくれのクソオヤジの家に生まれるか・・・・。
それでも、優れた宗教は「自分の責任だと考えろ」と説きます。
自分のことを「環境の犠牲者だ」と考え始めると、人は気力を失います。作家の柳美里みたいに、他人や社会を恨みながら憎しみに溢れた文章を垂れ流すのが関の山。
すべて自分の責任だと考えるのは、同時に「自分の人生は自分の選択によっていくらでも変えられる」ということでもあります。

自分で自分の選択に責任を持つのですから、他人に相談するのはあまりよろしくない。参考にする程度ならいいが、他人の言葉に従うと、「自分で選ぶ」という大事な権利を他人に明け渡してしまうことになる。
たとえ失敗しても、自分のことは自分で決断し、その結果について責任を負うことによって、心の力が強化されます。つまり、成功しても失敗しても、運命的には「正解」になるんです。

ところが、多くの人は正解を求めて占い師のもとを訪れます。
「会社、辞めるべきでしょうか?」
と聞けば、占い師は「今は時期が悪いからもう少し待つべき」とか言うでしょうね。もしあなたがその占い師の言葉に従って「辞めたい」という自分の心の声を無視したならば、運命を動かす大事な力を一つ失います。

エハラがやってるのはこれだと思うんですよ。
彼は相談に来た人達に「前世がこうだったから」とか「霊が悪さしているの」などと言います。つまり「悪いのは今のあなたじゃない」というメッセージを発するわけですな。
追い詰められた人間はそれで癒されるでしょうが、その一時しのぎの慰めと引き換えに、相談者は「自分で選び、自分で責任を負う」という、全宗教が求めている真理を捨ててしまうことになります。
だからこそ、ワシは「エハラがやっているのは治療ではなく、ただの痛み止め注射だ」というわけ。
モルヒネみたいな痛み止めは、中毒性が高く、いずれそれなしでは生きていけなくなる。
あれほどマスコミでインチキ手法が暴露されたにも関わらす、エハラ信者は減らず。その結果、テレビ局は「オーラの泉」を続行。
これが彼を限りなく増長させてしまった。
もう、どんなことをしても、信者とテレビ局は自分を守ってくれるのだと・・・。
どうみても新興宗教の集会にしか見えない異様な内容のDVDが6600円!たけーよ!そんなぼったくりDVDも信者の間では売れている。つーか、あの不気味な集会に参加している連中ってなんだよ?

モルヒネ中毒になった信者・・・・特に女性たちは、刻一刻と「自分で選び、自分で責任を取る」力を失っている。

自分自身の「正解」を知ってるのは自分しかいない。
霊能者だろうが、教祖だろうが、あなたにとっての「正解」を知っているはずがない。
もしお釈迦様に何か質問できるとしたら、こんな感じになるだろう。
ワシ「真理とはなんでしょうか?」
釈迦「さぁ?」
ワシ「転職したほうがいいでしょうか?」
釈迦「そんなの私が知るわけないでしょ」
ワシ「私の前世はなんでしょうか?」
釈迦「あんたねぇ・・・そんなの知ってどうするつもり?知らなきゃ死ぬの?死ぬの?(笑)」
ワシ「霊は存在するでしょうか?」
釈迦「だから、知らんちゅーに」

別にジョークではなく、こんなもんだと思う。実際、仏典の中に、前世を聞いてきた弟子に「それよりも重要なことがあるでしょ?」と答えている場面がある。
薄ら笑いを浮かべてペラペラといい加減なアドバイスをする奴は、ワシにはヤクの売人にしか見えん。

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