霊性と情熱のあいだぐらい

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zoom RSS 願えばすべて叶うのか?

<<   作成日時 : 2008/04/01 18:58   >>

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「強く願えば夢は叶う」・・・・昨日久しぶりに本屋に行ったが、相変らず似たようなタイトルの本が溢れています。
「強く願えば叶う」って?あ〜ん?確かに心の法則から言えば、強くイメージしたものは現象として起こりやすくなる。でも、ホントに強く願えれば!の話だ。
悪いが人生はそんなに単純にはできていない。
「想いが実現する」という考え方は、カルマの法則や「運命」の存在を全く無視している。
自分勝手な願いは実現しない。と言うより、「自分が受け取るのにふさわしくないもの」を人は長期にわたって強く願い続けることはできない。
例えば、誰かに対して憎しみの感情を抱いて悪いカルマをためている人間が、一方で「幸せな結婚をしたい」「金持ちになりたい」と願ったところで無理なのだ。強い憎しみを持ちながら、幸せを願うことはできない。それは、その人の潜在意識が「お前はそれを受け取る資格はない」と知っているからだ。どれだけ表面の意識で願いを唱えても、その想いは持続しない。

結局は「強く願えば夢は叶う」のは、普段から愛情に溢れ、他人を思いやり、心穏やかで、すべてのものとの一体感を持った人間だけと言うことになる。

また、集合的無意識領域には「主語」が存在しないことも重要だ。
「あの世」では他人と自分を明確に区別することができないので、「あいつは不幸になればいい」と考えた場合、無意識領域には「あいつ」の部分は入らずに「不幸になればいい」だけが入力される。
つまり他人を憎む行為は、必死に自分の不幸を「強く願っている」のと同じことになる。
しかし人間は、他人の不幸を望みながら、自分の幸福を切望するという矛盾した行為をしていることが多い。他人を憎みながら、幸福な人生を送った人なんているのだろうか?少なくともワシは見たことがない。

ダライ・ラマはあれほど中国に仲間の僧を殺され、国を追われ、国民を人質にされているが、中国を憎んではいない。批判はするが、「徹底抗戦だ」とか「地獄に落ちろ」とか「腹を切れ」なんて中国政府に対して言ったことはない。常に対話と、実質的な自治権を求めているだけだ。
彼は知っている。
中国人を憎みながら、チベット人の幸福を願うことはできないことを。
憎しみと慈しみは共存できないことを、彼は実体験として知っている。
ワシはダライ・ラマ法王のような人格者ではないし、どうしようもない未熟者だから、つい言ってしまう。
中国共産党に天罰を!

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人間は神の化身なるがゆえに何事も創造する。
人間は神の化身
2008/06/09 11:42

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