霊性と情熱のあいだぐらい

アクセスカウンタ

zoom RSS 新プラトン主義

<<   作成日時 : 2008/03/02 13:37   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

原始キリスト教は仏教の教えと矛盾しなかった。
初期のキリスト教では輪廻転生は普通に信じられており、聖書の中にも書かれていたと言われています。ところが西暦533年にコンスタンティノープルで開かれた宗教会議で輪廻転生は否定され、その部分が聖書から削除されました。
本来のキリストの教えは
「一人ひとりが自分の運命に責任がある」
「神のみが人を裁ける」

でしたが、この公会議以降は、
「人の運命は教会の支配下にある」
「教会に逆らう者には罰を与える」

となってしまいました。

原始仏教と原始キリスト教は、その本質において同一だったわけですね。
古代ギリシャでは、輪廻思想は「当然」とされており、プラトン、ソクラテス、ピタゴラスなどの文献にも輪廻思想について説いています。

この会議を契機に、教会は絶対的権力を持つようになり、異を唱えるものを次々と異端審問にかけ、さらには神秘主義者の女性たちを「魔女」と決め付け、火あぶりにまでしています。
このころからキリスト教は腐敗と堕落の道をたどり、これを「中世の暗黒時代」と呼びます。

これに反発するかのようにルネッサンス期にイタリアを中心に「新プラトン主義」という思想が広まりました。「霊魂の不滅」「輪廻」「霊的世界の実在」などを説き、仏教思想に非常に近い内容でした。
しかし、やはりこれも教会の異端審問に引っかかり、多くの思想家達が弾圧と火刑で消えていくこととなったのです。

一般的に発売されている聖書は「正典」と呼ばれるものです。
度重なる公会議で削除された部分は「外典」と呼ばれるものに収められて一部は残っています。

このように世界の偉大な宗教は根源的な部分で同じであり、仏教徒がキリスト教を語ったり、ヒンズー教徒がイスラム教について語ることに何の問題もありません。
インドの聖者の修行道場には、世界中のあらゆる宗教の人々が集まり、一緒に仲良く修行をしています。宗教の違いなどは瑣末な問題であり、真理は誰にとっても真理であり、宗派や人種や時代によって区別されるものではないのです。

「インドの父」ガンジーは、ヒンズー教徒でありながら、キリスト教の神父と親友だったり、イスラム教徒との融和を唱えていました。
彼はヒンズー教徒の信者達から「裏切り者!」と罵られた時、こう叫びました。
「私はヒンズー教徒であり、キリスト教徒であり、イスラム教徒だ!君たちもそうだ!」
人が信じるべきものは教会でも、教祖でもない。
「実相の真理」はあらゆる宗派の人に平等であり、無宗教の人にも分け隔てがない。
だからこそ「真理(神)」と呼ぶにふさわしいのです。

画像

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
プラダ 財布
新プラトン主義 霊性と情熱のあいだぐらい/ウェブリブログ ...続きを見る
プラダ 財布
2013/07/06 13:59

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
新プラトン主義 霊性と情熱のあいだぐらい/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる