霊性と情熱のあいだぐらい

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zoom RSS 私が私が私が

<<   作成日時 : 2006/12/24 10:41   >>

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livedoorニュースの「独女通信」ってのがオモシロい。
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__90/vender
その名の通り、独身女性のために書かれたコラムで、女性達の本音トークが実に笑える。
が、男性が読むと、もれなく女性不信になること請け合いである(笑)。

画像


たとえば、「どんな男性が理想か?」って質問にはこんな感じ。
「私のワガママを許容できる人」
「価値観を否定しない人」
「私がオタクであることを受け入れてくれる人」

・・・・・・すべて「私が私が私が」なんですね。相手と歩み寄ろうとする気はさらさらなく、とにかく自分にとって都合のいい相手かどうかが問題みたいです。
さらには
「私の人生は私のものだから、私の邪魔をしなければ彼氏がいてもいいと思う」
なんてセリフもある。
何様のつもりだっ!と男性なら誰でも突っ込みたくなるところ。
「金払いの悪い男はダメ」
・・・・・平然とそんなことを言ってのける。しかし、金銭感覚の違いは生活観の違い。「おごってもらって当然」って顔をしている女性を男性は選ばないってことを彼女達は知らない。あ、しらないから「彼氏のいない女性達の座談会」なんてのに出てるのか。
「男に稼いでもらって自分の好きなことをしたい」
これはヒドイ。って言うか、今は自分の好きなことをしてないんですね?
「生活のためじゃなく、自分の好きな仕事がしたい」
実力のある人は男女関係なくそーゆー仕事をやってます。できてないのは実力がないから。

エゴの強い人は「内側から湧きあがってくる声」を聴く能力が弱くなります。
つまり、彼女達のように自己中心的な人は、たとえとなりに「運命の人」がいたとしてもそれに気がつかない可能性があるんです。「条件が合わないから」と切り捨てるんでしょう。
「ソウルメイト」に関して勘違いしないで欲しいのは、誰にでも運命の人はいますが、その結びつきに強制力はないってことです。
占星術でも「星は誘えど強制せず」って言葉があります。
運命は人を「ある方向」に誘導しますが、最終的な決断は自由意思に任されています。ほとんどの場合、運命の人とある時期に出会うように誘導されますが、そこで二人が恋に落ち、実際に付き合うようになるかは自由意思の問題です。運命の女神もそこまで面倒を見てはくれません。エゴの霧で心が曇っている場合、たとえ特別な相手が目の前に現れても、勝手に頭の中で造り上げた理想の相手と比べ、違っていれば興味すら持たないでしょう。「前世からの約束」が我欲に負けた瞬間です。

彼女達のセリフにこんなのがあります。
「自分より(レベルが)下の生物に用はないです」
・・・・運命の女神が呆れてタメ息をついてますよ。

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