霊性と情熱のあいだぐらい

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zoom RSS 行動の動機

<<   作成日時 : 2006/08/11 10:12   >>

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人間の行動には二つのパターンがあります。
人からバカにされたり、悪く見られたり、変に思われたりしたくないために自分の好きなことをしなかった。
またはその逆に、「人を見返してやろう」という気持ちが行動の動機になっているので目的を達成したら自分が何をして良いかわからなくなった・・・・。
「好きなことをしない」のも「ガムシャラにがんばる」のも、どちらもコンプレックスが動機になっていることがわかると思います。
結局他人の目を意識しているだけなので「本当は自分が何をしたいのか」という一番大事なところが掴めていない。掴めていないから、自分を取り繕うために嘘をつく。
「なぜ嘘をつくのか?」と自分に問いかければ「自分がないから」という結論にたどり着きます。
「自分」って何でしょうか?
人の目を気にしてガチガチに緊張している時のあなたは「自分」でしょうか?
気の許せる相手と一緒にいる時や、自分ひとりで音楽を聴いていたりする時のほうが、本当の「自分」に近いのではないでしょうか?
つまり「自分」ってものを意識していなくて、自然に振舞っている時が、「本当の自分」なのです。要するに、自分に囚われていない時、我を忘れている時が本当の自分。
日常生活の中でも、自分の好きなことに熱中している時は時間が経つのも忘れますよね?その忘我の状態が「自分」。

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「自分探し」が流行しているようですが、めちゃめちゃ自分を意識している訳ですから絶対に見つかりません。だって我を忘れた時が本当の自分なんですから。
セミナーとか、新興宗教に入って自分探しをしてもダメなんですね。だって、「自分を変えたい、何とかしたい」と自分を意識しすぎていますから、ますます自分が見えなくなってきます。
忘我の境地、無心の状態になったとき、自分の本当にしたいことがわかるはずです。
古代の偉人達は「真理は今、ここにある」と言いました。
自分探しに海外に行く必要もないし、新興宗教で修行をする必要もないし、高いお金を払ってセミナーに参加する必要もありません。
真理は今ここにあるんです。
お釈迦様も「自らを灯りとせよ」とおっしゃっています。
他人に頼らず、自分の中の光にのみ頼れ、ってこと(だと思う)。
実は「教団」ってものの存在自体がお釈迦様の教えに反するものなんですよね。


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